中国共産党の「野望と病理」 日本は「人権問題」にどう向き合うべきか【徹底討論】習近平と「ウイグル大虐殺」
世界は14億人「強権帝国」に吞み込まれるのか。/阿古智子(東京大学教授×富坂聰(ジャーナリスト・拓殖大学教授)
世界が“新しいゲーム”に突入
阿古 7月1日、中国共産党は創立100周年を迎えました。急速な経済成長により、中国の存在感は増すばかりですが、その一方で、国際社会からの批判の声は高まり続けています。6月13日に閉幕したG7サミットでは、新疆ウイグル自治区や香港における人権問題に加え、「台湾海峡の平和及び安定」にも言及した首脳宣言を採択。中国を強く牽制しました。また、G7全体として初めて、民主主義諸国が結束して中国に対抗していく姿勢を示せたのは評価すべきだと思います。
富坂 そうでしょうか。宣言の全文を見ると、中国批判はだいぶ下の方にあり、表現も曖昧です。アメリカのバイデン大統領はしきりに中国への危機感を煽っていますが、実際には各国の間で温度差があります。フランスのマクロン大統領は、「G7は中国に敵対するクラブではない」と明言していますし、ドイツもこうしたフランスの姿勢に同調している。米中対立に巻き込まれたくないと思っている国も少なくありません。
阿古 たしかにヨーロッパ各国は対中投資をかなり増やすなど、経済面では中国との結びつきを強めていますね。首脳宣言で採択された内容が実行力を持てるかどうか、注視していかなければなりません。
富坂 日本では中国の領土的野心ばかりに注目が集まっていますが、本来、注目すべき危機は他にあります。6月7日、ロシアのプーチン大統領は非武装の航空機による領土の査察を認める「オープンスカイズ条約」からの離脱を表明。一昨年には米露間で中距離ミサイルの保有を禁じる「INF全廃条約」も失効しています。さらにイギリスも、中露に対抗するために核弾頭の数を1.5倍に増やす計画を発表しました。中国のふるまいの背景には、こうした一触即発の国際情勢があるのです。
世界が“新しいゲーム”に突入する中、日本は安全保障を確保しつつ、自国の利益を最大化することを第一に考えなくてはなりません。
アメリカのバイデン大統領
専制主義vs.民主主義
阿古 ただ大前提として、中国は根本的な価値観の部分で民主主義国家と相容れない専制主義の国家であることをおさえておかなくてはなりません。いまや一国だけで中国に対抗するのは難しい。G7に加えて、今年3月に初めてのオンライン対話を実施した日米豪印戦略対話「クアッド」のように国際的な枠組みを充実させていくべきです。
富坂 私はバイデン大統領が唱える「専制主義vs.民主主義」という対立が本当に起きているのか疑問なんです。インドは「クアッドは何かに対抗するものではない」と表明していますし、3月に開かれた米韓2プラス2(外交・国防閣僚会合)でも、韓国側は「中国かアメリカを選べと言われても選べない」という姿勢でした。民主主義国家の中から、「反中クラブ」を抜け出そうとする動きが相次いでいるのです。
阿古 もちろん、はじめから反中ありきで議論すべきではありません。アメリカにしても、すべての分野で中国を敵視しているわけではないでしょう。たとえば気候変動への対応などでは中国を入れて国際秩序を作ろうという動きもあります。
富坂 残念ながら中国側は、そうは見ていません。今年3月、アラスカでブリンケン国務長官と中国の外交トップ楊潔篪政治局員が会談し、ウイグルや香港、台湾などを巡り大激論を交わしました。楊氏はこの会談で「アメリカは他国を唆して中国に対する攻撃を仕掛けさせている」と反発しています。そうした中、日本がさらに中国を苦しめるやり方をしていいのか。いま日本に求められているのは、中国に対する姿勢をあいまいにしながらも、「気が付いたら得をしていた」という状況をいかに作り出すかでしょう。
阿古 あいまいにしすぎてはダメだと思います。あいまいにしたことによってウイグルや香港はどんな状況になったか。中国は経済的には発展を遂げてきたものの、その陰で、専制主義的な傾向を強めてきました。いまの中国には、虐げられている人があまりにも多い。「カネ、カネ、カネ」という考え方では人間らしい、幸せな生活を送ることはできません。日本は中国に対してしっかりと声を上げていくべきです。
富坂 国家の発展をカネだけで見るのは違うでしょう。中国の人々は今後も社会が発展し、幸せになれるという希望を持って生活しているわけですから。1989年の天安門事件の際、私は通信社でアルバイトをしていました。当時、現地で取材した学生たちはいまや50代中盤です。彼らに「あの悲劇を忘れたのか」と尋ねると、「忘れるわけないだろう。だけど、発展して幸せになったことは全否定できない」と言うんです。天安門事件をはじめ様々な面で忸怩たる思いを持っていることは事実ですが、ほとんどの人がいまの中国社会に満足して、幸せを感じていることもまた、事実なのです。
ここから先は
文藝春秋digital
月刊誌『文藝春秋』の特集記事を中心に配信。月額900円。(「文藝春秋digital」は2023年5月末に終了します。今後は、新規登録なら「…