診察待合室でMacBook Airを開く勇気はありますか
今年はなにかと受診機会が多く、待合室での過ごし方がその日一日の過ごし方に大きな影響を及ぼしていました。
そんなときにクラウドファンディングで出資していたCosmo Communicatorという変態デバイス(褒め言葉)が届き、待ち時間をこのnoteや住職日記を書く時間にあてられるようになって、それ以外の時間をお寺の他の業務にあてられるようになりました。(noteはともかく、住職日記は仕事として書いています。あれでも。)
(かなり癖のあるスマホなので、メイン端末に使うのはお勧めしません)
この変化は大きかったです。本を読むぐらいしかなかった時間が、お寺にいないとなかなか出来なかったことをやれる時間に変えてくれました。
でも、だんだんと環境改善欲も出てくるもので、Cosmo Communicator単体では、noteや、住職日記の実体であるはてなブログでの更新作業が、パソコンと同じ内容で100%出来るわけではなく、私のワークフローの問題もありますが、出来ることでもやりづらい点もあります。
スマホのブラウザが完全にパソコンと同じように使えれば解決するのですが。
これを改善するには、今のところパソコンを使うしかないという結論です。では、待合室でパソコンを開けるかというと、これは無理。私には無理。
なぜかはよく分からないのですが、Cosmo Communicatorは意外に目立たないのです。スマホにしては大振りなサイズ、横持ち、キーボードついてるし、タイピング音も鳴ります。無音に近づけようとする取り組みは見受けられません。その分、フィーリングは良好。でも、音は鳴る。
しかし目立たない。チラッと見る人はいると思うのですが、凝視されたこともありませんし、私の主観ですが、迷惑がられたこともありません。
でもこれがパソコンだったらどうでしょう。
「ここで?」
という反応が当たり前に出てくると思います。
画面も大きくなれば、横目に見えちゃうこともあるでしょう。
私は、出来上がった文章を読まれるのは平気なのですが、書いているところを読まれるのは嫌なのです。書けなくなってしまうのです。
でも、診察の待合室で隣に座った人がパソコン広げたら、どうしても気になりますよね。それが正常な反応だと思います。
Surface Proを自分で使っているときにも私にはこんなこと思いつきもしませんでした。今は師匠のマシンになっているので持ち出せませんが、やはり出来ないと思います。ファンレスなので、余分な音はいない、キーボードの打鍵音も静かなのでかなり向いているんですけれどね。膝上での作業にはちょっと不向きかな。腿にスタンドが突き刺さって痛いかも。
MacBook Airがそのうちに届くけれども、そしてこれを待合室で使えれば作業効率は劇的に向上するけれども。やっぱり勇気は出せないです。私は勇者にはなれない。
都会にはもしかして勇者がいるのでしょうか。写真でいいから、見てみたいです。
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