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女のいない男たち 音楽プレイリスト



ある日突然、あなたは女のいない男たちになる。その日はほんの僅かな予告もヒントも与えられず、予感も虫の知らせもなく、ノックも咳払いも抜きで、出し抜けにあなたのもとを訪れる。ひとつ角を曲がると、自分が既にそこにあることがあなたにはわかる。でももう後戻りはできない。いったん角を曲がってしまえば、それがあなたにとっての、たったひとつの世界になってしまう。その世界ではあなたは「女のいない男たち」と呼ばれることになる。どこまでも冷ややかな複数形で。

女のいない男たちになるのはとても簡単なことだ。一人の女性を深く愛し、それから彼女がどこかに去ってしまえばいいのだ。ほとんどの場合(ご存じのように)、彼女を連れて行ってしまうのは奸智に長けた水夫たちだ。彼らは言葉巧みに女たちを誘い、マルセイユだか象牙海岸だかに手早く連れ去る。それに対して僕らにはほとんどなすすべはない。あるいは水夫たちと関わりなく、彼女たちは自分の命を絶つかもしれない。それについても、僕らにはほとんどなすすべはない。水夫たちにさえなすすべはない。

どちらにせよ、あなたはそのようにして女のいない男たちになる。あっという間のことだ。そしてひとたび女のいない男たちになってしまえば、その孤独の色はあなたの身体に深く染み込んでいく。淡い色合いの絨毯にこぼれた赤ワインの染みのように。あなたがどれほど豊富に家政学の専門知識を持ち合わせていたとしても、その染みを落とすのはおそろしく困難な作業になる。時間と共に色は多少褪せるかもしれないが、その染みはおそらくあなたが息を引き取るまで、そこにあくまで染みとして留まっているだろう。それは染みとしての資格を持ち、時には染みとしての公的な発言権さえ持つだろう。あなたはその色の緩やかな移ろいと共に、その多義的な輪郭と共に、生を送っていくしかない。

その世界では音の響き方が違う。喉の渇き方が違う。髭の伸び方も違う。スターバックスの店員の対応も違う。クリフォード・ブラウンのソロも違うものに聞こえる。地下鉄のドアの閉まり方も違う。表参道から青山一丁目まで歩く距離だって相当に違ってくる。たとえそのあとで新たな女性に巡り会えたとしても、彼女がたとえどんなに素晴らしい女性であったとしても(いや、素晴らしい女性であればあるほど)、あなたはその瞬間から既に彼女たちを失うことを考え始めている。……

村上春樹「女のいない男たち」より。



ふむ。

その世界ではあなたは「女のいない男たち」と呼ばれることになる。どこまでも冷ややかな複数形で。

おもしろい。

恋愛は個人的なものだが、「女のいない男たち」は複数形というのは
おもしろい。
失った者は複数形となる。



さて、

村上春樹『女のいない男たち』に出てきた音楽のプレイリストです。

曲名が出てない場合は、私のチョイスです。
3時間のプレイリストになりました!

ページ数は、単行本版でのページ数です。







p11
ビートルズ
「サージェント・ペパーズ」
ビーチ・ボーイズ
「ペット・サウンズ」

p13
ドライブ・マイ・カー

p27
ベートーヴェンの弦楽四重奏
ビーチ・ボーイズ
ラスカルズ
クリーデンス
テンプテーションズ

p65
イエスタデイ

p69
ジミ・ヘンドリックス

p82
オブラディ・オブラダ

p111
『ライク・サムワン・イン・ラブ』

p141
シューベルトやメンデルスゾーンの室内楽

p148
バリー・ホワイトの音楽

p165
『マイ・ウェイ』

p221
アート・テイタムのソロ・ピアノ

p223
『ジェリコの戦い』が入っているコールマン・ホーキンスのLPを聴いた。メジャー・ホリーのベース・ソロが素晴らしい。

p232
ビリー・ホリデー 『ジョージア・オン・マイ・マインド』
エロール・ガーナー 『ムーングロウ』
バディー・デフランコ 『言い出しかねて』

p253
テディ・ウィルソン
ヴィック・ディッケンソン
バック・クレイトン

p260
ベン・ウェブスターの吹く『マイ・ロマンス』の美しいソロを思った(途中二度スクラッチが入る。ぷつん・ぷつんと)。

p280
クリフォード・ブラウンのソロ

p281〜
パーシー・フェイス『夏の日の恋』
マントヴァーニ
レイモンド・ルフェーブル
フランク・チャックフィールド
フランシス・レイ『白い恋人たち』
101ストリングズ
ポール・モーリア
ビリー・ヴォーン

『デレク・アンド・ドミノズ』
オーティス・レディング
ドアーズ

p283〜
ヘンリー・マンシーニの指揮する『ムーン・リヴァー』

p284
ゴリラズ
ブラック・アイド・ピーズ
ジェファーソン・エアプレイン



「エレベーター音楽」、いいですね。
「エレベーター音楽」は、聴く人の置かれた立場というか、心境で、響き方が変わって聴こえてくる音楽ですね。まあ、どんな音楽でもそうですが。

あと、単行本の表紙の絵も短編の「木野」を読んだあとだと、この絵がどんな絵なのかがわかって、違って見えてくる。
タイトルの文字の金箔、いい感じ。
発売時に買って読んだっきりで、8年ぶりくらいに読み返しました。今回はこの短編集がどんな感じなのかを、自分の中で位置づけることができた。


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