古生物飼育小説Lv100 第九十四話をサイトに掲載しました
第十三集収録予定分の開始まで3ヶ月かかってしまいましたが、今回もよろしくお願いいたします。
以下はネタバレ込みの解説です。
大きなテーマを込めた「武蔵野フォッシリウム編」が終わり、日本各地の地域からついに自分の住んでいる地域も扱ってしまったということで、第十三集はあまり強めのテーマや地域性を扱わないようにしようと思っています。
それに、この連載もずいぶん長くなってしまって、初期に扱った古生物がまた気になってくることが増えてきました。学術的に間違えてしまっていたり、書いた後に新たな研究結果が発表されたり、単に以前の出番では物足りなくなったりしています。
そこで、お話の筋としては「動物園とか水族館とかでこうやって生き物を見ると面白いよ」ということを扱い、またこれまでうまく扱いきれなかったグループの古生物を中心に、おおむね時代順に登場させていくつもりです。
ということで第九十四話は主に第六話にまとめて雑に登場させてしまっていた、アノマロカリスとその近縁種「ラディオドンタ類」をはじめとする節足動物に近縁な生き物と、今の魚類のグループと比べて古いタイプの魚類です。
だいぶ難解な姿のものが多くて……、いつもなら本にするときに用意していた図解を先に載せておかないとということで、作図の時間もかかってしまいました。
大~中型ラディオドンタ類
今回登場させた中で一番気になっていたのがアノマロカリスです。以前登場させたときは多分当時でもすでに誤りだと判明していた歩脚のある復元にしてしまいましたし、それから色々整理されてアノマロカリスを含むラディオドンタ類がどんなものかという情報がだいぶ更新されましたからね。
それでもアノマロカリスで画像検索すると微妙なイラストがいっぱい出てくるので、えー、Wikipediaだけ見てください。Twitter(現X)でラディオドンタ類のことをたくさん教えてくださっているかたの図解が載っています。
大まかな配置が似ているアオリイカを見ると、実際に生きていたときはどんな感じだったのかという実感が湧きました。
これはあくまで大まかな配置であって、それぞれ異なる特徴がたくさんありますよね。かえってそういう意味でも、アオリイカを見ながらアノマロカリスについて考えるのは捗りました。
アノマロカリスは実は大きさもアオリイカと同じくらいなのですが、オルドビス紀にはエーギロカシスという2mもあるラディオドンタ類がいて、頭の甲羅(甲皮)が船の舳先のように突き出ていた独特な姿と、水中のプランクトンを濾過するというラディオドンタ類としては独特な生態を持っていました。
面白いので登場させたかったのですが、発見されたのが最近すぎて設定的に合わないのと、小回りが利かなくてうまく水槽の中の生活に順応できないんじゃないかという懸念があったので直接は登場させられませんでした。
しかし飼育できるかどうかという検証中なら……ということで、ロボットの姿で登場させました。飼えないものをどうするかというテーマが続いてしまっていますが。
実は本当にあったり。これを実物大でやや精巧にしたイメージです。
中~小型の汎節足動物
大きさはエーギロカシスと全然違うものの、近縁で姿も近いフルディア2種を実際に飼われているものとして登場させました。
前部付属肢の形態や餌の摂りかたはかなり異なったようです。前に登場させたペイトイアもフルディアに近縁で砂の中から餌を探し出していました。
フルディアは鰭が縦に生えているというラディオドンタ類離れしたイラストが多いんですがこれはエーギロカシスが発見される前の復元で、現在はエーギロカシスと同じく背中側と腹側に2列に鰭が並んでいました。鰭が縦の復元が異様すぎる。
ヴィクトリア種はアノマロカリスと同じくらいの大きさなので水族館、トライアングラタ種はだいぶ小さいので家庭での飼育としました。そんな飼いやすい保証は特にないですが……、固い部分の化石はたくさん見付かっているようなので。
昆虫や小さな魚のかっこよさが味わえるならフルディア・トライアングラタもエーギロカシスに劣らないはずだということで、そのように扱っています。この見かたに関しては後でまた触れます。
ハルキゲニアも以前に登場させたときと比べると体の前後が違うんですが、そんなに変わらないですね。以前はミミズの産卵のイメージで卵塊を出していましたが、もちろん産卵の様子は不明です。
ケリグマケラというのはハルキゲニアと比べるとラディオドンタ類に近縁な生き物なのですが、鰭はラディオドンタ類のものとはちょっと違うようです。「ケリグマ」はなにかキリスト教の本質的な教えみたいなものを意味する「ケリュグマ」が由来だし種小名は哲学者のキェルケゴールから来ているしで、名前がやけに大仰です。
ハルキゲニア→ケリグマケラ→ラディオドンタ類と節足動物に近付いていきます(本当に直接この順番で先祖・子孫の関係になっているわけではないです)。
で、マルレラとエルラシアは真の節足動物です。
マルレラは前の角が構造色で虹色に光ると言われていたので以前はそのように描いたのですが、今は根拠薄弱となってしまったそうです。なのでただ光の加減でそう見えることもあるって噂だけどねということに。アノマロカリスに脚があるようにしちゃったのはこんな風に誤魔化せませんけども。
泳ぎかたも、他の節足動物でよくあるように鰓のある脚を波打たせるのではなく大きな脚をゲンゴロウのように振っていたようです。
エルラシアはカンブリア紀に繁栄していた生き物として三葉虫のほうがバージェス動物群より前から知られていたので代表として。博物館のショップで売られている教材用化石セットに入っている三葉虫はほぼエルラシアのはずです。
カンブリア紀~ペルム紀の脊索動物
なんか気になるのが目に入るという古生物ファンのかたもいらっしゃるでしょうけど、まあまあ古いグループから順番に見ていきましょう。
ピカイアもつい最近新しい復元が発表されて、上下が逆さまに、触手みたいなものが鰓になりましたね。尾のほうの形からしてもそのほうがしっくりくると思います。
本文では鰓が魚に関係ある特徴だっていうことを言うだけなんですけどね。
簡単なのでフェバリットコレクションのピカイアを新復元に改造してみました。ひっくり返して台座の突起が刺さっていたところを埋め、触手の周りにパテを盛って背中からのラインとつなげたり触手を鰓に見えるようにしたりしてから少し色を塗っただけです。
続いて「無顎類」、顎のない魚ですね。
サカバンバスピスはせっかく急にオルドビス紀の魚類なんていうものが有名になったのと、有名になった姿だと尾鰭の復元が古いということで出してみました。
「甲冑魚」なので鎧が描かれていないとおかしいと思われるかたもいらっしゃるかもしれませんが、鎧といっても骨は骨なので生きていたときは皮膚などに覆われていて目立たなかったと考えることも多くなったようです。
オタマジャクシくらいなら背鰭や胸鰭がなくても生活に支障ないくらい泳げるんですけど、30cmあるとどうでしょうね。目が正面を向いていてサカバンバスピスにとって何の役に立ったのかというと……、やっぱりわかりません。
これもネイチャーテクニカラーのガシャポンを改造してみました。ピンを芯にして紙で造形した尾を追加したのと、背中の造形がさすがに鎧が入っている感じがしなかったのでパテで平らにして少し段を付けました。
ドレパナスピスは昔学習マンガで知ってから好きな甲冑魚のひとつでした。平たくてなおかつ流麗なフォルムですよね。エイみたいなものが好きなのはこれのせいかも。
平たい魚がどんな生活をしていたかというのは想像に難くないですね。顎がないのでエイと違って固い殻のあるものは食べなかったでしょうけど。
これと違うタイプも含めて平たい無顎類の甲冑魚って色んなのがいて、海底に住み泥を濾過するという暮らしかたが顎のない魚類という生き物によほど合っていたのだなと思います。
次は甲冑魚のもうひとつのグループである「板皮類」……今では顎のある魚類につながる側系統群(色々な段階のものの寄せ集め)ですね。
板皮類は大半の種類が後半身は見付かっていないわけですが、去年ダンクルオステウスの全長はせいぜい4mだったという研究が発表されて相当物議をかもしましたし、最近さらにその復元の細部に関する論文まで出てきました。
今でも「絶対にそんなに短いわけがないしそんなに短くてうまく泳げるわけがない」って言うかたもいるんですけど、私はこの短い復元に相当説得力を感じています。
こうやって発見されているダンクルオステウスの化石のうち頭はあくまで中央の鰓穴より前の部分で、それより後ろは全部肩なんですね。なので短い復元がコッコステウスや他の魚と比べて特別頭でっかちなわけではなく、むしろこの化石全体を頭ということにして全長を決めてしまうと今度は異様に小顔になってしまうのです。
それと、胴体の背中側は側面図で受ける印象よりより幅が狭くて、それほどずんぐりしていたわけではないのかなと。
さらに、復元の詳細についての論文で図示されているとおりこの復元は細かいところも検討されていて、特に腹甲のすぐ後ろに腹鰭があるはずというのは、そもそもこれまで参考にされてきたはずのコッコステウスやアマジクティスといった全身が判明している板皮類でもそうなっているのですから、ダンクルオステウスでもそれには沿うべきなんですよね。
細長い体型のアマジクティスはそれに見合った長い腹甲を持っていたようです。
ただ、全長が短くなったからといって4mかもしかしたらそれ以上ある外洋性の強力な顎を持った捕食性の魚類を安全かつ健康に飼育できるかというと、ホホジロザメが飼育できていないとおり、ちょっと……というわけで、とっくに全身が判明しているコッコステウスを目立たせようかとも思ったんですが、ダンクルオステウスと同じ科でダンクルオステウスと比べればだいぶ小さいイーストマノステウスも登場させました。
これも全長1.5mとも言われているんですがダンクルオステウスの短い復元と同じ基準だと1mくらいになりそうです。とはいえ充分迫力なんじゃないでしょうか。
コッコステウスはこれら遊泳性で捕食性のものとは生態ががだいぶ違って、淡水の水底にいたようです。口の造りが違うので食性は似ていなかったはずですが体形はなんだかセイルフィンプレコみたいですね。あんなふうに普段はじっとして過ごしていたんでしょうか。
残るは「棘魚類」、軟骨魚類につながる側系統群です。無顎類や板皮類と比べるとマイナーですが、実は今回のお話における視点を得るきっかけになったグループです。
同じ「棘魚」でもトゲウオのほう、ハリヨを見ていましたらですね。
流線型の精悍さと力強そうな武骨さを併せ持った体型、ワイルドな模様、しかも棘まで隠し持っているということで、数cmという大きさを忘れれば相当かっこいいのではないかということに気付いたのです。
例えば魚竜類やモササウルス類が「海の爬虫類」であるとはいえ現在の海獣と同じく滑らかな姿をしているのに対して、そういう大型の海洋動物が実は持っていない種類の魅力を持っているのではないかと。
考えてみればカブトムシやタガメといった力強い昆虫を見ているときは彼らが手に収まるような大きさであることなど忘れて見とれていますし、慣れればもっとずっと小さな昆虫でもいけます。恐竜の小さなフィギュアは大きな恐竜の魅力をきちんと表しています。
実は生き物ファンは小さい生き物にも迫力を感じることができるんですね。
古生物の図鑑では数十cmとか数cmしかないようなものでも何mもある恐竜と同じように大きく描かれ、その姿に古生物ファンが見とれるわけですが、本当の大きさを生きている状態で見ることになる古生物再生世界ではそういう見かたが忘れられてしまうかもしれません。
で、棘魚類は文字どおり棘がたくさん生えた魚なので、当然にハリヨと同じくトゲトゲの魅力を備えているわけです。
棘魚類も色々ですが今回はストレートに、特に有名で各グループの代表になっているものを選びました。本当はもう一つイスクナカントゥス目の代表イスクナカントゥスがいて、こちらはもっとずっと大型で肉食だったようです。
クリマティウスは初期の棘魚類で、かなり小型で棘が多かったというか鰭が棘になっていた種類です。
普通生き物に棘が生えているっていったら背中側に生えているのを想像するかもしれませんがクリマティウスは腹側に棘がずらっと並んでいるのが面白いですね。鰓蓋が難解な構造になっています。
こういう棘魚類は主に湖に住んでいてプランクトンを食べていたそうです。淡水性でプランクトン食というのがあまりピンと来なかったんですが、川と違って湖なら植物プランクトンの栄養になる物質が流れ込み、しかも植物プランクトンや動物プランクトンがとどまることができるので、ワカサギなどがプランクトンを食べることができるのだそうです。
クリマティウスも次のアカントデスもカタクチイワシやハダカイワシなどに顔付きや体形が似ているので(尾鰭は全然違いますが)、餌の食べかたを想像することができました。イワシのように群れを成していたにしては化石がまばらなのですが。
アカントデスはかなり後の棘魚類で、クリマティウスと比べるとかなり大きくてスマートないっぽう棘は細く少ないです。一見普通の魚ですが、実は今の生き物にないさりげない特徴を持っているというのもいいですよね。
アカンソーデスという気弱そうな表記で面白画像として話題になることがありますが、その表記をしていた東海大学自然史博物館は閉館になってしまったなあ……。
腹鰭がなぜか対になっていなくて1枚しかないという異様な特徴を持っていますが、なんでそうなるのかさっぱり分かりませんね。
顔の両側に手を立てることで水槽への没入感を高める方法、私もごくたまに水族館でやってしまいます。大水槽のほうが向いているかとは思いますが。
皆さんも……是非とは言いませんが、他の来館者の邪魔にならない範囲で、ちょっとだけお試しあれ。
年代順なので次回はもう上陸してしまう予定です。