古生物飼育小説Lv100 第七十五話をサイトに掲載しました
これまで存在はほのめかされてきたものの、お話の傾向的に出てきそうになかったティラノサウルスが登場してしまいました。今回もよろしくお願いいたします。
以下はネタバレ込みの解説です。
前半でどのティラノサウルス類を飼育すればいいんだろうという話をしているんですが、オロチ編の主題であるタンバティタニスと同じ発掘地点から小型のティラノサウルス類の歯が発見されているんですね。
こちらの兵庫県立人と自然の博物館の情報誌のPDFで大きい画像を見ることができます。このときは「ティラノサウルスとトリケラトプスの祖先が篠山層群で揃うかも」と言っていますが、この後本当に角竜類も発見されています。今回のお話で出てきた展示プランにあるとおり、かなり幅広い種類が発見されているんですね。それぞれの化石は小さな歯が大半なんですが、たくさんの種類の恐竜が後に兵庫県になる土地に住んでいたことは歯だけでも確認できます。
今回悩んだ末にシオングアンロンという結論に達した流れですが、実はすでに丹波の展示館でシオングアンロンが展示されています。出来レース!いやまあ、時代と大きさが合ってるのって本当にこれしか見付かってないですからね。
これは2011年に名古屋市科学館で開かれた「黄河大恐竜展」で展示された頭骨の化石です。上下さかさまに置かれています。地層の中で上下に潰されているものの、よく見ると目の後ろの穴があんまりぐちゃぐちゃでもなくて、潰れているのを直してもまだ相当細長い頭をしているというちょっと変わったティラノサウルス類です。
これは2018年の福井県立恐竜博物館で開かれた「獣脚類」展で展示されたディロンとチエンジョウサウルスの頭です。シオングアンロンより前のもっと小さい種類は割と普通の顔付きだったのが、大型化の途中の段階のものは細長い頭をしていたみたいです。小さい獲物をサッとさらっていったんじゃないかなと。
割と小型とはいえフクイラプトルやユタラプトルの回ではこれくらいの大きさの肉食恐竜が主役を張ってましたし、大林にはしっかり技術を身に着けてほしいですね。
後半では今回のメインのティラノサウルスをオンライン見学しましたが、今回映らなかっただけでティラノサウルスを直接肉眼で観察できる施設はあり、安全優先の頑丈な造りになっております。
いつでも恐竜の中で真っ先に名前が挙がる種類でもありますし、もし飼えたらという空想でも必ず登場しますね。「Lv100」でも第四十九話(ネアンデルタール人の回)で骨格だけ登場するなど飼われていることだけは示してきましたが、あの骨格どういう個体が元だったんだろ。まあまあまあ。
しかし「Lv100」の舞台は国内の、現在実在するような動物飼育施設の延長上にある施設なので、あんなアフリカゾウの体格とイリエワニの凶器を併せ持ったみたいなのをそう簡単に出せないわけです。あんなの日本の動物園にいてたまるか。
そこでオロチ編の構想の初期から、アメリカのティラノサウルスを見学するというのが決まっていました。最初の構想では海外の古生物をどんどん見学して、通常では出せない色んな古生物を出すことにしようとしていたんですが、結局アメリカで飼育されている古生物からはディプロドクスとティラノサウルスを出すにとどまりました。他の大型恐竜やマンモスのファンの皆様ごめんなさい。
ディプロドクスが飼育されているのもフロリダの米国立自然史動物園という設定でしたが、フロリダの原野はディプロドクス以上にティラノサウルスの生息環境に似ているもようです。
現実の動物園でもゾウを飼育する際は飼育員の安全とゾウ自身のより自然な生活を考慮してゾウと飼育員があまり直接触れ合わないようにする傾向があり、米国立自然史動物園ではディプロドクスも含めて装甲車越しに恐竜の自主的な生活をサポートする造りになっています。ティラノサウルスの餌にしているのは主に第十七話で出てきたものに似た牧場産の食肉用パラサウロロフスですね。生息当時の主食にかなり近いものを食べさせられるというのは植物食恐竜の餌を考えるのよりはるかに楽です。
しかしまあ、実は私、ティラノサウルスを昔からいけ好かない恐竜だと思っていたのです。
子供の頃は推しのパラサウロロフス(本当は時代が少しだけ違う)を襲う悪役だと思っていましたし、それ以降もこれ見よがしなパワーと派手さで人気を独占するのが、どちらかというともっとスマートで身軽だったり特殊な適応をしていたりする種類が好みな私には気に食わなかったのです。
しかし生き物って別に人気争いをしようとして現れた存在ではないですから、どんなにいけ好かないと勝手に思っていたってそれは生き物自身の特徴ではないのですし、面白いと思って見れば見れるはずなのです。
そこで、こんな状況ですから細心の注意を払って(具体的にはなるべく小さな駅で乗り換えをするルートを辿りつつ、マスクから鼻が出てたり効果のないウレタンマスクだったりする乗客を避けながら)横浜で開催されている「恐竜科学博」を見学し、
特に保存状態が良く見目麗しいティラノサウルスのひとつ「スタン」と対峙したのです。
順番は前後しますが、この恐竜展では内容を白亜紀末のアメリカ西部(当時「ララミディア大陸」という独立した大陸になっていた地域)に絞り、まずディティールを部分標本で語ってから、
トリケラトプスの子供が(この写真で哺乳類と争うティラノサウルスの子供を含む)様々な生き物を目撃するというストーリーを語り、
最後に今回の目玉である最も完全なトリケラトプスの実物化石「レイン」とスタンが対峙するという構成になっています。
この構成により、ティラノサウルスはあくまで当時の生態系の一員であり特別なヒーローやヴィランではないということが感じられるのです。
そうしてじっくりティラノサウルスと向き合うと、この部分にはこういう役割があるという論文があった気がするなとか、この部分の構造はよく見るとこんな風なんだなとか、それまでよりずっと細かく生々しく観察することができました。
これはストーリーを語るセクションの途中にある影絵で、トリケラトプスの子供が様々な恐竜(ここではエドモントサウルス)とすれ違うんですが、何かの気配に気付いて引き返すと、
その引き返した地点をティラノサウルスが嗅いで獲物候補の動きを察する……と、まさに今回のお話における成長したティラノサウルスの狩りの手法と同じく、ティラノサウルスが発達した嗅覚を活用していたという描写をしています。見学者の影がなるべくスクリーンに映らないように工夫されている上、実物大の恐竜が巧妙な動作をするので見応えがあります。
脱線気味になったついでにこの恐竜展で感じ入った展示をもう一つだけ紹介しますと、この鎧だけでなく前肢まで重厚な鎧竜のデンバーサウルスと、ずっと身軽な造りの鳥脚類のエドモントサウルスの並びは、植物食恐竜の多様性をよく表現していて見事でした。
さて、今回のティラノサウルスの話に戻りますと、ティラノサウルスの特徴の中で私が一番面白いと思っているのは成長様式なのです。
これは2019年に茨城県自然博物館で開かれた「体験!発見!恐竜研究所」で展示された、「ジェーン」と呼ばれるティラノサウルス類の骨格です。ナノティラヌスという種類だとされることもありますが、ティラノサウルスの亜成体(少年期)だとする説が有力です。さっきのチエンジョウサウルスに似た長い頭と、とても長い後肢、スリムな体付きをしているのが分かります。
さらに前から見るとこう。右手前にはもっと小さい子供(後肢がちょっと変?)の再現骨格があります。
この「ジェーン」が11歳くらいで、もう少しだけ普通の肉食恐竜の成長速度で成長してから急に成長が速くなり、見慣れた成体の重厚な姿になるのだそうです。さらに、これを利用して生活の仕方を変えることで少年期までと成熟してからで獲物を食べ分け、個体数を増やしたのではないかとも言われています。
「ナノティラヌスが独立種だとしたらティラノサウルスよりずっと好み」と思っていただけに、元々いけ好かないと思っていたことにつながるパワーや大きさよりもこの不思議な成長の仕方をはじめとする生き物として変わっているところのほうが面白いと思っているのですね。
そこでこの成長の仕方を主軸に、前半に決まったシオングアンロンの参考にすることもからめてお話にしたわけです。
さて、次回は主人公・楢崎がついにトラウマであるマメンチサウルスやモシリュウに向き合います。