古生物飼育小説Lv100 第八十六話をサイトに掲載しました
今回はほぼ1ヶ月で更新することに成功しました。よろしくお願いいたします。
以下はネタバレ込みの解説です。
第八十話から始まった飛ぶ生き物が多めの第十一集収録分が終わりました。最後の飛ぶ生き物はマツとカエデです。
……飛ぶどころかしっかり根付いていますけれども、そんな木々にも宙を舞っていた頃があったんです。それは種の頃です。
もちろんタンポポの綿毛と同じで、自発的に動くことのできない種が広範囲に散らばることができるようになる特徴です。
これは神代植物公園のスラッシュマツの種です。落ちていたマツボックリからそーっと取り出したものです。指でつまんでいる部分が固い種本体で、飛び出ているのが薄い羽です。
羽なら2枚ないといけないような気がしますが、1枚だけ生えていることで安定して回転し、ゆっくり落ちていくことができるんですね。
手を離すとすぐさま高速回転してかなり時間をかけて落ちていきました。透けるほど薄いだけのことはありますね。
しかしこれだけ薄くてもろいと種そのものが落ちているところはまず見かけませんし、マツボックリから取り出すのも一苦労です。
同じく神代植物公園のイタヤカエデのまだ熟していない種です。熟すと茶色くなって、マツと同じく回転してゆっくり落ちていきます。
1枚羽が生えていて回りながら落ちる種といえばマツよりカエデのほうがよっぽど観察しやすいので、かなりなじみがあります。カエデの種の羽は果実そのものの一部なのでこれを「翼果」といいます。
ただ、カエデの種は見やすくて手に取りやすい反面そこまでうまく飛ばせないことも多いです。熟したのを落としても半分くらい真っ直ぐ落ちてからようやく回り始めたり。
代わりに、熟してるのがカエデの木の下に落ちてるところもよく見かけます。これならいつでも飛ばして遊べます。
羽が一枚生えた種は世界中色んな植物がつけますが(なかには豆ざやの中に1個しか豆がなくて豆ざやの残り全部が羽、なんていうものも)、身近でありながら観察しづらいマツと観察しやすいカエデで比べてみましょう。
マツの種の羽は薄くて壊れやすい代わりによく飛び、カエデの種の羽は丈夫で壊れにくい代わりにそこまでは飛ばない。この違いはどこから来るのでしょう。
神代植物公園の多様性センターで蔵書を紐解くことで見えてきました。(参考文献なのに書名をメモしたりしていない……よくないことです。本来参考文献を各話や本の最後に掲載するべきですし……。)
これは宮城県の松島の風景です。潮風の当たる崖ではマツが圧倒的に優勢ですね。マツはパイオニア種といって、こうした他の木がまだ生えることのできない乾燥した(真水の少ない)荒れ地や海岸にいち早く辿り着いて、他の木の影がない土地で日光などを独占するのです。
どうやって辿り着くかといえば、軽い種が長距離を風に飛ばされることによってです。
種はマツボックリに守られているので、すぐに壊れてしまうくらい薄く軽く作ることができるというわけです。
これは先程のイタヤカエデが生えている場所の様子です。だいぶ木々で混んでいますね。カエデは陰樹といってマツとは逆に暗いところに生えるのです。そのまま種を落とすとただでさえ暗い森の中で自分自身が子供に影を落としてしまうことになります。それなら種が風に流されることは大事でしょう。
かといってマツみたいにものすごくよく飛んでも生育に適さない乾燥した荒れ地に出てしまうので、ひとまず親から離れた少し明るいところに出られるかもしれない……という性能になっているのではないでしょうか。
マツと違って守られていない状態で育つのでそれだけ頑丈でなければならないことになりますが、性能がそれなりでよいのであれば問題ありません。
育っている途中の羽が緑色(イロハモミジのは時期によって真っ赤ですが)なのも、せっかく広い面のあるものがむき出しになっているので、暗い森の中で少しでも種に栄養を貯められるように光合成ができるようになっている……のかもしれません。
似たような1枚羽の種でも木の生態によってだいぶ違う造りになっていることが見えてきましたねっていうところで、ここまでずっと現生種の話をしてしまいました。何飼育小説でしたっけね。
飛ぶ種は飛ぶ生き物の中でも「体が全然動かないけど飛べる」「種自身にとっては自分が飛んでいるが親の木にとっては紙飛行機のように作ったものを飛ばしている」というところが飛ぶ動物と全く違っています。
色々な飛ぶ生き物を扱うなら出しておきたかったものですが、果たして化石と関係あるでしょうか。もちろんあります。
これは以前の記事でも取り上げた岐阜県博物館の、オオミツバマツのマツボックリがまとまって化石になったものです。マツボックリの形がとても綺麗に残っています。
この論文では羽の生えた種の形も分かっています。
オオミツバマツは先に登場したスラッシュマツと同じで松葉が3本ひとまとめになったミツバマツの一種です。ミツバマツは現在北アメリカ大陸にのみ自生していますが、1200万年ほど前までは国内にもオオミツバマツやミキマツなどが生息していました。刺々しい大きなマツボックリも特徴です。
これは東京ミネラルショーという化石鉱物の即売イベントで2021年に那須塩原の化石が展示されたときのものです。クロビイタヤは日本固有のカエデで、絶滅してはいないのですが、最終氷期(いわゆる氷河期)の生き残りであると考えられています。
那須塩原は植物化石の名産地で、このときは他にもたくさんの植物が、翼果も含めて展示されていました。このとき、この化石をスキャンして紙で作れば翼果が飛ぶのを再現できると思ったのが今回のお話の元になりました。
この論文のとおり、ペルム紀の針葉樹マニフェラの種について実際にそれが研究として行われていました。しかも今の羽の生えた種と違って同じ木でも形にバリエーションがあって、決まった形のものしかうまく飛ばないことが確かめられたというのです。
面白かったのでこれを主役にするつもりでもいたのですが、オオミツバマツのほうがよっぽど日本の植物園で再生されそうだしマツの種が気になるなということで。
そうだ、オオミツバマツのことでどうしてもやり直さないといけないことがあったんですよ。
オオミツバマツは第七十話で一度登場していたんですが、そのときさも雄株と雌株が分かれているかのように書いてしまったんですね。実際にはマツは1本の木に雄花も雌花も両方付けます。なんて初歩的なミス!
しかも雄株と雌株が分かれているのを前提にした「外来種対策」を描いてしまったので、これはまともな外来種対策を描き直さなくてはならない……ということで、メインはオオミツバマツに決まりました。那須塩原のをもっと出すかもしれなかったんですけど、那須塩原には絶滅した植物はなさそうでしたし。
羽の生えた種を紙で再現するってどんな植物園でやるんだろうと考えてみると、普通の植物園というよりむしろ京都市青少年科学センターのまるで植物園のような庭が頭に浮かびました。多摩六都科学館の庭にも植物が多めに展示されています。
こういうスキマ的な施設に焦点を当てたいというのも前からずっと思っていたことですし、羽の生えた種の働きは物理学に関連しているので科学館向けともいえます。
工作で何とかしようという発想に行きやすいように大工仕事や標本作りに精通した器用な職員としました。
第八十話のコンビが再登場しましたが、第十一集収録分をどうするか考える時点でこの二人が再登場してお手本を示す役になることは決まっていました。第十一集は紙飛行機に始まり紙飛行機に終わることになりましたね。
第八十話時点よりはっちゃけさせることができてよかったです。植物主役回は生き物がじっとたたずんでいるだけな分人間がにぎやかになりますね。
さて、しばらくは1ヶ月後に迫った博物ふぇすに向けて作業や準備を進めていきます。
始祖鳥堂書店はE-5、全体の中心であるEフロアに入ってすぐのところです。
お気をつけてお越しくださいますよう、よろしくお願いいたします。
その裏で第十二集収録分の構想も進めていきます。だいたいどうするかは決まっています。モチーフは地味でも内容は目を見張るものにできればと思います。