ナポリタンの本音 【連載小説】 第5話
第5話
「母さん、どうして!?いつ!?
いったい何があったの!?」
2階の食堂に入るや否や、浩平は矢継ぎ早に有紀に聞いた。
「さっき浩平に電話する前よ……。
ほんとにそのすぐ前。
ここで急に倒れたのよ。
ちょうど洗い物してたときに」
「そんな……急に?」
「そう!ほんとに……突然……」
2階の食堂のシンクの中には、夕食の洗い物が残されたままになっていた。スポンジに食器用洗剤を少し含ませ、有紀は洗い物の続きをしようとしていた。
「姉ちゃん、俺がするよ。
疲れただろうから座っときなよ」
残っている洗い物を始めようとした有紀に、浩平が声を掛けた。
「ありがと。でも、いいよ。いいよ。
浩平こそ慌てて来てくれたんだから、座ってて」
そう言うと、まるで気を紛らわせるかのように、有紀は洗い物を始めた。
「あぁ―、でもほんとによかったぁー。
お母さん一人のときでなくて……」
大きな溜息と共に、有紀が言い放った。
「ほんとそうだよね……。
姉ちゃんたちと一緒のときで、ほんと良かったよ」
心の底から押し出したかのような有紀の安堵の声が、浩平を少し安心させた。
「……浩平かい?」
手摺をしっかりと握り、一段ずつ慎重にゆっくりと階段を踏みしめながら、喜美が3階の寝室から2階に降りて来た。
「ばあちゃん!大丈夫!?
寝てなくていいの?」
浩平は慌てて喜美に駆け寄った。
「あぁ、もう平気だよ。悪かったねぇ。
こんな肝心なときに何の役にも立たなくて……」
肩を落とし申し訳なさそうに喜美が食堂の食卓に近づいて来た。
「もう、何言ってんのよ!おばあちゃんは……。
そんなことないって!
お父さんだって、おばあちゃんがいてくれたから心強かったと思うよ。
私も、そうだもん」
有紀は励ますように声を掛けながら、そっと喜美の背中に手を回し食卓の椅子に座らせた。
「……ありがとね」
有紀に礼を言う喜美が、浩平にはいつもの喜美よりも小さく見えた。
「……あれ?ミーちゃんは一緒じゃないのかい?」
部屋の中を軽く見回した喜美が浩平に聞いてきた。
「あぁ、うん……。まだ連絡つかないんだ」
有紀と同じことを聞いてきた喜美に、浩平は気まずそうに答えた。
「ミーちゃん、相変わらず仕事忙しいの?」
さっきとは打って変わって、有紀の声が少し尖った声に聞こえた。
「うん……、まぁね。実は今日さぁ……」
実乃梨の昇進の話をして誤魔化そうとしたが、咄嗟に今はそのタイミングではないと悟り、浩平は話すことをやめた。
「何よ?言いなさいよ!」
「いや……べ、別に……何もないよ」
「浩平は本当に昔から嘘が下手ねぇ」
姉ちゃんが昔から感がいいだけだよ 。そう有紀に言えるはずもなく、浩平は苦笑いを浮かべるしかなかった。そんな二人のやりとりを、喜美は優しく見つめていた。
そのとき有紀の携帯電話の着信音が鳴り、一瞬にして三人に緊張が走った。
「お父さんからだ……」
二人に目配せをして、慎重な面持ちで有紀は電話に出た。
「お父さんだ……。
やっぱり田中病院になった……」
田中病院は、脳卒中の治療を専門とした地元で有名な病院だった。