見出し画像

ナポリタンの本音 【連載小説】 第6話

第6話

「じゃあ、お母さん、やっぱり脳梗塞なの!?」

 田中病院  。地元で有名な脳神経外科病院の名前を聞き、有紀は咄嗟に反応した。

「まだはっきりと言えないが……
おそらく……」

 とてつもなく大きな不安が有紀に襲いかかった。

「お母さんは?今は?どこ?
どうしてるの?」

 恐れている言葉を保に言わせないかのように、矢継ぎ早に質問が続く。

「救急処置室に入ってる……」
「………………」
「……有紀?」
「それって……生きてるのね?」

 一番聞きたくて一番聞きたくないことを、有紀は思い切って聞いた。

「もちろんだ。何、言ってるんだ」

 保は思わず声を少し荒立ててしまった。

「お母さんは大丈夫だから」

 そして今度は諭すように有紀に伝えた。

「……あぁ……うぅ……」

 生きている  。それが理解出来た瞬間、有紀の目に突然涙が溢れた。とめどなく流れる涙を、有紀は隠そうともせず泣き続けた。
 喜美はボックスティッシュを有紀の前に差し出し、優しく肩を包み込んだ。肩に乗せられた喜美の手に、有紀は自分の手を重ねた。その手はとても温かった。
 浩平は有紀から優しくそっと携帯電話を取り上げた。

「父さん?」
「浩平か?」
「うん……」

 父親の保に名前を呼ばれるのは随分久しぶりのような気がした。

「父さん……じゃあ、今からそっち行くね」
「……あぁ、そうだな……」
「……父さん?大丈夫?」
「あぁ、大丈夫だ」

 子供の頃、ケンカをするたびに有紀に泣かされていた浩平が、今は泣いている有紀に代わり電話に出る  。なんてことのない浩平の行動が保を感心させていた。

「もう少し時間がかかると思うから、
とにかく落ち着いて来なさい。
慌てなくていいから」
「うん、わかった。じゃあ、後で……」

 保の冷静な声が歯止めとなり、浩平はなんとか泣かずに済んだ。意地でも有紀の前では泣きたくなかったのだ。
 
 今、現在、晴子はまだ生きている  。三人にとっては、この事実だけで充分であった。


「私は残るから、
あんた達はすぐ病院へ行っといで」

 浩平が電話を切ると、すぐさま喜美は二人に命じた。それ以外の言葉は何も発しなかった。

「え?どうして?
ばあちゃんも一緒に……」
「おばあちゃんは留守番しとくから、
早く二人で行っといで」
「あぁ……うん……」

 喜美の顔を見て、浩平はそれ以上何も言えなかった。

「じゃあ、おばあちゃん、
私と浩平、病院行ってくるね」

 目を真っ赤にした有紀が喜美に声を掛けた。このとき喜美が何を考えているのか、有紀には察しが付いていた。

「あぁ、行っといで」
「病院着いたら電話するね」
「お願いね。頼んだよ」

 まるでお互い何かを確認し合うかのように、喜美と有紀は手を握り合った。力強く何度も握り合った。

 おばあちゃん、私、決めたから  。このとき有紀も、ある決意を固めていた。

 
 店を出ると幸いすぐにタクシーが捕まった。

「田中病院までお願いします」

 慌ただしく乗り込みながら、有紀が行き先を告げた。

「あぁ、あの脳外科で有名な病院?」
「そうです。そこです」
「……近道知ってるからね!任せといて!」

 すぐに状況を把握したのであろう。運転手は自信たっぷりにベテラン風を吹かせた。

「ありがとうございます」

 ノリが軽そうではあるが頼もしい味方の登場に、有紀の心はほんの少しだけ和んだ。
 有紀の隣で浩平は携帯電話を確認している。相変わらず実乃梨からの連絡はまだない。

「ミーちゃんから連絡あった?」
「いや、まだ……」

 なかなか連絡が取れない実乃梨に、有紀が苛立ち始めたのかと浩平は焦った。

「田中病院に来てもらうように電話してみるよ」
「ちょっと待って」
「……え?……何?」

 有紀が何を言い出すのか、浩平はさらに焦った。

「ミーちゃんには病院じゃなくて、
店のほうへ来てもらうように電話して」
「店に?」
「うん。おばあちゃん一人で、ちょっと心配だから」
「わかった。じゃあ、そうするよ」

 よかった。そういうことか  。浩平は胸をなでおろした。

 タクシーの車窓からは、田中病院の看板が見えてきていた。




いいなと思ったら応援しよう!