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『生きる』


『境界性パーソナリティ障害とは』

去年の夏に長女が『境界性パーソナリティ障害』と診断されてから、いろんな本を読み漁ったり、YouTubeを見たり、noteを読んだりした。
長女は3ヶ月入院して、一年休職して、今は復職している。
この一年で完治したとは思っていない。
そして、長女が『境界性パーソナリティ障害』になったのは母親の私の影響は、とても大きいと思う。

そして、最近また、いろいろと自分自身の精神状態を分析していたら、ふとnoteで素敵な人を見つけた。

私は『境界性パーソナリティ障害』になる人は基本、自分の周囲の人のことを思いやれる(相手の言動や顔色を伺い影響される)優しい人で自分自身をも犠牲にする人が多いのではないかと思う。

そして、ちピロさんのnoteを初めから拾い読みをしながら思ったことは、、、。

自分自身を押し殺して、我慢してまで生きていると、どこかに歪みが出てしまって非常に生きづらくなり我が子をも犠牲にしてしまうということ。

真面目に頑張りすぎることは決してプラス要素にはならないということ。

きっと私は、この20年と少し、長女の子育てをしていた期間、変に頑張り過ぎてしまったようだ。

本来の自分自身の持って生まれた個性まで潰して犠牲にして(多分、組織や自分自身の立場を気にしすぎて負けた)結果、自分で自分の人生を生きにくくしてしまっていた。

だから、ちピロさんのnoteを読んで、あらためてもっと自分らしく生きていこう。
生きてみよう。
残りの人生、生き方を考え直してみようと思えた。

ちピロさんと私と長女との共通点もいっぱい見つけて一人喜んで嬉しくなっている。

・猫が好き(娘は猫を二匹飼っている)
・Coccoの歌が好き(聞くと心の底から沁みる)
・エモい  いとおかし  詩や歌が好き
・米津玄師 地球儀 「君たちはどう生きるか」
   気になる
・たまごボーロに娘との思い出がある
etc

去年の今頃は精神的に闇の中にいた。
今は去年に比べたら夜も寝れるし大丈夫だと思っていたが、やっぱり完全復活はしてないし
私自身も実は調べてみると『境界性パーソナリティ障害』の要素を持っているのではないかとも思っている。
娘と話していると気持ちは共感できるし、似ているし、私自身一人っ子で甘やかされて育ち、この歳になっても大人になりきれていない部分もあるように思う。

だから、今のこのタイミングでちピロさんのnoteに出会えたことは奇跡✨だと思う。

人は大人になると自分の立場や責任から、若い頃のように自由奔放に生きることは難しくなってくるけど必要以上に我慢して何かを犠牲にする必要は決してないと思う。

だから、例えて言うなら笑顔で自然にゆったりと深呼吸して生きていけるように

生きていきたいと思う。


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