[diary]初めて心を動かされた絵画
こんなにも心を動かされた絵は初めてだった———。
いつも訪れるショッピングセンターの中の一角にさまざまなイベントごとが催されるスペースがある。
私はその日、
買い物を済ませると、
2階からエスカレーターを使って階下へ移動しているところだった。
いつもであれば、
特に何も感じることがない
見逃してしまうようなその一角が
今日だけは違って見えた。
エスカレーターの上からでも分かる。
豪華な額縁に差し込まれた
展示されている絵画の中でも一際大きな一枚の絵画が目に入る。
どうしてこの絵だったのかは分からない。
この絵の何が私を引きつけたのだろう。
目に映ったその一枚に
私は引き込まれるようにして、
展示スペースの仕切りを跨ぎ
気づけば、絵画の前に立っていた。
「天文館の宵Ⅲ」
写真出典:イバラード公式サイト
「綺麗・・・」
思わず口からそう零れていた。
なんて美しい絵なのだろう。
そして、どこか懐かしい気持ちになるのはなぜなのだろう。
奥に聳え立つ巨塔から漏れる部屋の灯や、
置いてけぼりにされた今日の中に
微かに残る夕陽に泣きたくさえなる。
朝がきて、夜はくるのに、
時の間を感じさせない。
儚くて、淡くて、
か細く消えてしまいそうなのに
大胆かつ壮大で。
春が連れてきた木漏れ日と
夏を予感させる雨の匂いと、
秋が深める夕焼けの空と、
冬に積もる静けさと。
天文館の鮮やかな明かりは、
子どもの頃に見た
大好きなものが詰めこまれた愛おしい記憶・温かい思い出たち
私の中のさまざまな想いや願いが
交差してこの絵に投影されていく。
〈束の間の夢〉のようでさえあるそれ。
つらつら言葉を並べてみたものの、
なんだかどれも薄っぺらく感じるほど表現をすることは難しい。
それでも私の中の感性全てをこの絵は体現してくれているような心持ちになる。
そして何よりも印象的なのが、
中央で風を感じる一人の女性。
今にも背中から羽が生えてきて、
その場から飛び去ってしまいそうな
自由の象徴でもあるかのよう。
彼女は一体今、何を想っているのだろう。
彼女が見つめている先には
一体どんな世界が広がっているのだろう。
絵に見入っていると、
横から白髪まじりの男性スッタフが
うんともすんとも言わないような顔で
こちらを見ていた。
「・・・」
めっちゃこっち見ている。
そのとき、周りを見て気がついたけれど、
私以外に観覧しに来ているお客はいなかった。
え、これ話しかけた方がいいのかな。
「・・・」
一回目が合ってしまうと
気になって絵に集中できない。
「あの…」
男性スタッフは返事をする代わりに、こちらに視線を向ける。
「この絵は、どなたが書かれた絵ですか?」
「この絵は、井上直久さんという方が描かれた絵です」
そういうと、スタッフの方は
奥に並べてある冊子の中から
見本のものをいくつか取ってきて、
見せてくれた。
「この方はジブリの『耳をすませば』で背景を描かれた方でもあるんですよ」
そういうと、一冊の本も見せてくれた。
「イバラードの旅」
本にはそう題されていた。
中をぱらぱらめくると、
確かにテレビで観たことのある背景が
描かれているようだった。
上のページなんて特にそうで。
全く同じ絵面というわけではないと思うけれど、
男性スタッフが、
「この方はジブリの『耳をすませば』で背景を描かれた方でもあるんですよ」と
教えてくれたように
テレビでよく観ていた
馴染みのある風景に
1番近いと思ったのが、
このページの絵だった。
厳密言えば、
主人公の女の子が
空想で描くバロンの世界を
思い描いているときに使われている
挿入背景だった。
「へぇ」
ジブリの挿入背景を手掛けた人の作品だったのかぁ。
「あの、この絵と同じポストカードはありますか?」
「ああ、それはもう売り切れてしまって」
どうやら、「天文館の宵Ⅲ」のポストカードは売り切れてしまったらしい。
「そうですか」
私はその後も
イベントの開催期間中
帰りがけなどに足を運んだ。
そのおかげで、
対応してくれた男性スタッフの方や、
同じスペースで違う作家の方の絵を担当していた女性スタッフの方に顔を覚えられるようになってしまった。
絵を見にいく度に、
女性スタッフの方も私の顔を見つけては「あ」とした顔をして微笑んでくれる。
その度に、お互いに小さく会釈する仲に。
いや、どんな仲だ。
限りなく店員と客。
「早くこの絵が買えるようになるといいですね」
男性スタッフの方が、
額縁に入った絵を前に佇む私に
そう言ってくれた言葉がなんだか忘れられないでいる。
最後まで読んでくださり
\ありがとうございます!/
[購入したポストカード]
裏表2枚1組で¥1000円
「多層海を訪れた日」
「港のバザール」