見出し画像

銀幕のヴェニスの水の秋かなし

銀幕ぎんまくのヴェニスのみずあきかなし

そこは荒涼としていた。渚と最初の長い砂州とを隔てている、広い浅い水の上には、漣のおののきが、前から後ろへ走っていた。かつてはあれほど色とりどりに賑わっていた、今ではほとんど見捨てられてしまって、その砂ももう掃き清めてないこの行楽地のうえには、秋らしさと衰えとが澱んでいるように見えた。持主のないらしい写真機がひとつ、三脚にのったまま、波打ちぎわに置かれていて、その上にかぶせてある黒い布が、小寒い風にぱたぱたと翻っていた。

トーマス・マン『ヴェニスに死す』
エドヴァルド・ムンク《メランコリー》1891年

いいなと思ったら応援しよう!