僕と彼女は、箱推しになれない プロローグ
前髪を目がけて降り注ぐ陽光が眩しい。見慣れない雑踏の中をかき分けて走る、走る、走る──
明日はきっと筋肉痛に見舞われるだろう。普段から運動をしておけば良かったと瑠梨の脳裏に過る。それでもいい。推しメンのことを頭に浮かべた。なだらかで長い坂に差し掛かる。足がもたれそうだ。歯を食いしばる。額がじんわりと汗ばむ。
(待っていて、今行くから!)
坂を右に外れた。さらに急な坂が立ちはだかった。
「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ……」
息があがる。速まる鼓動を奮い立たせて勇気に変えよう。目的の場所までもう少しのはずだ。推しの苦悩に比べたら、こんな坂なんて楽な障害だ。
(足を前に、一歩でも大きく)
坂を上りきった。頬が上気する。肩で息をする。左手にフレンチレストランの看板が見えた。横にある薄暗い階段を下りる。ワックスがけをした後の教室のように、「キュッ」と音が鳴る。目障りならぬ足障りだ。煙草の匂いを鼻腔(びこう)が捉えた。重たいドアを開けた。
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