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ぼくはこのダンスをする

 漫才とかコントとかを好きでよく見る。ひと昔前、「右ひじ、左ひじ、交互に見て」というネタでブレイクした「2700」というコンビがいるのだが、どれだけの人が知っているだろうか。数日前、キングオブコントの決勝をテレビでやっていて、ふと2700のことを思い出した。ぼくは一番好きなネタを聞かれたら、2700の「ぼくはこのダンスをする」というリズムネタを真っ先に挙げる。おもしろいだけでなく、励まされるからだ。

 どういうネタかというと、八十島(やそしま)という黒の帽子にスーツの男が鍵盤を弾く恰好で、「ぼくはこのダンスをする」と呟き、ネタが始まる。すると、相方のツネが奇抜な服装で登場し、踊り始める。

 八十島「ぼくはこのダンスをする、ぼくはこのダンスをする。ぼくは陽気者だからこのダンスをする」(リズムに乗って)

 八十島はツネの演じる男がどんな時でも「このダンス」をすることを歌詞で説明する。因みに「このダンス」とは、両手を挙げて、両足のつま先を左右にテンポよく向きを変えながら、その動きに合わせて指パッチンをするというものだが、これもまた「陽気者」の役柄にぴったりはまっていて気持ちがいい。

 八十島「おいしいごはんを食べて、このダンスをする」
    「好きな子からメールが来て、このダンスをする」
    「このダンスをした後、このダンスをする」

 というように、男はとにかく「このダンス」を気に入っていることが分かり、主に気分が高揚した時に発動されるのかと見る者に思わせる。
 すると今度は、この男の人生を、八十島が紹介する。

 八十島「小学校でヒップホップのダンスにはまり、中学校でロックダンスをやりだした、高校でロボットダンスの全国に出て、いろいろかじった挙句このダンスしてる」
 
 なるほど、とにかく彼は踊り続けてきた人生であり、いろんなジャンルの踊りを経験した後、自分独自の踊り、つまり「このダンス」を手に入れたのだということが分かる。八十島がさらに続ける。

 八十島「お葬式に行って、お焼香を済ませて、親族の前に出て、このダンスをする」

 おや、とここで見る者を戸惑わせる。予想を裏切られ、笑いの要素でもあるが、これまでとは打って変わって、悲しい場面でも「このダンス」をすることが暴露される。ここでは誰のお葬式かは明かされないが、ツネの表情から、この男にとって大切な友人なのではないかと想像する。極端に悲しい場面においても「このダンス」をするのはどういうことなのか。さらに、

 八十島「学校に遅刻をして、先生に叱られて、謝りながらもこっそりこのダンスをする」

 歌詞だけでは、この男は人を馬鹿にしているようにもとれる。しかし、彼を演じるツネの表情は真剣で、ひょうきんさは一切ない。遅刻したことを反省しながらも、「このダンス」をすることが抑えられないようだ。
 男は「このダンス」に体を乗っ取られようとしているのではないか。自分自身が編み出した独自の生きざまに、支配されようとしている。この苦しみは、さらに続く。

 八十島「夜の公園で、好きな子と2人きり、話も盛り上がり、とてもいいムード。ふいに彼女、目を閉じる、唇をこっちに向ける、これはキスのチャンスだ、しかしふとよぎる」

 ここで再び、気分が高揚する場面へと戻る。しかし、ふと「このダンス」が脳裏によぎる。

 八十島「あのダンスしたい、このダンスしちゃだめ、キスをしながらこのダンスしちゃだめ、キスするか、このダンスか、ぼくの出した答えは……」

 悩んだ末に男が出した結論。八十島が答えを叫ぶ。

 八十島「ぼくはもちろんこのダンスをする」

 これほどまでのすがすがしさに、笑いと同時に胸を打つものがある。男は気分が高揚した時はもちろん、悲しい時も苦しい時も、そして「性欲」という大きな欲望を前にしてもなお、「このダンス」を貫こうとする。そして現に貫いてしまう。ここまで貫くことによって、彼はどんな悲しみが訪れようとも「このダンス」で自らを救うのであり、どんな苦しみが訪れても「このダンス」で自らを鼓舞することができる人なのだと、見る者を魅了させる。
 正直、ぼくはこの男に憧れさえ抱く。これほどまでに自らが創りだした独自の型でもって信念を貫き通すことができる人はそうそういない。
 客観的に見れば、この男は馬鹿で変だ。うれしいことがあれば、素直に喜べばいいし、悲しいことがあれば、好きなだけ泣けばいい。つらいことがあれば、避けたり、怒りに変えたりすればいいし、目の前の欲望には愚直であればいい。しかし、この男はそうしない。徹底的に真が通っていて、一生懸命で、とにかく最高なやつだ。
 「このダンス」に対する彼の衝動は、徐々に彼を支配するが、きっと彼は不幸にならない。彼は「このダンス」に支配されて不自由さを感じたとしても、「このダンス」を最後まで信じている。「このダンス」に出会えたことを心の底から喜んでいる。おまじないのような何か。

 ぼくには「このダンス」に匹敵するようなものがあるだろうか。「このダンス」に匹敵する何かをいつか見つけ出したいとつくづく思う。

 2700の「ぼくはこのダンスをする」は、昨年、コンビが解散したのでもう見ることができない。それが非常に残念でならない。

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