短い記録233:【過去記事転記】歌詞のワークショップのプレゼンで使ったやつ
ごきげんよう、ナガセです。
またこんな時間に書いてるなあと思いながら、多分載せてないはずの過去記事です。
載せてたらどうしようと思ってるけど、頭回らん。
プレゼン対象の曲:スガシカオ「アシンメトリー」(敬称略)
「君」と「ぼく」という単語が繰り返し出てくるが、相手は漢字で自分のことはひらがなで書かれている。
はじめに引っかかったのはこれだった。
私には校正癖があり、とりわけ漢字変換は気になるタチだ。
なぜこの表記なのだろう。
・年齢差を示すため
・性差を表すため
即座に思いつくのはこのあたりだ。
自分で書くならば確実に「君と僕」による表記を採用する。
単純に、ひらがなであることで歌い出しの「にぶいぼくには」という部分が読みにくいのもある。
なにより漢字には漢字が相応しいと思うからだ。
しかし、聴いたあとにこの変換の意味がわかるのだ。
「ぼく」をひらがなにしたのは「君」と対等でいたいのにいられない、ジレンマを指している。
つまり、「ぼく」が思い描いている「君」との理想の関係と現状での「君」との関係がとても離れているだからだ。
愛なんて、どっちみち思いよがりか思い上がりな片思いの整列だというのに。
「君」が強くないことを理解しているくせに、「ぼく」は抱きしめる側であるくせに。
隙間を埋めるためには、半分に割った赤いリンゴのいびつな方を率先して「ぼく」がもらわなければならない。
それで「たいがい」うまくいく関係なのだ。
だいたいでも、たいていでもいいはずなのに、ここに「たいがい」を選べる人間だけがこれを書ける。
この曲のタイトルは「アシンメトリー」。
その左右非対称さのバランスを取るのは、二人にしかわからない情であることが詰められている名曲だ。
(了)