サンタクロースを卒業するとき
息子が生まれ、ほんの少しばかり大きくなって、サンタクロースのお役を果たすことになったとき、夫とプロジェクトを練り上げた。
この子はものごとを斜めや裏からもみる素質があるから、「親がプレゼントを買ってきたのではないか」とほどなく疑問を抱きそうだ、そんな息子に長くサンタクロースの夢をみてもらうにはどうしたらいいだろう、と相談したのだった。
親の手書きの手紙が添えられていたら、筆跡で気づかれるかもしれない。
しかも、親の文体だったらなおのこと怪しまれるに違いない。
世界を飛び回っているサンタクロースだもの、日本語というだけでも訝しがるだろう。
そこで、英語の文面をパソコンで印刷して、プレゼントに添えることにした。
世界を股にかけつつ、息子のことも遠くから見守っているサンタクロースが、息子にあわせたメッセージを英語で綴ってくれた、そんなカードを毎年作った。
それでもいつか、息子は「サンタクロースって本当にいるの?」と問うだろう。
そのときには、どう答えたらいいだろう。
そんなことを夢想するのも、サンタクロース役として幸せな時間だった。
しかし親がいくら奮闘しても、年長のきょうだいがいる友達からサンタクロースにまつわるあれこれを聞いてくるらしい。
サンタクロースからのプレゼントがほしかったのか、いつになっても息子が「ねえ、サンタクロースって本当にいるの?」と聞くことはなかった。
サンタクロースからのプレゼントが息子に最後に届いたのは、息子が中学1年のときだった。
正確には、プレゼントではなく、サンタクロースからのカードが1通だけ。
その年のクリスマス前、すっかり声変わりした息子は私に聞えよがしに声を張り上げた。
「今年はサンタクロースから、アラビア語のカードが欲しいなぁ。
ああ、サンタさん、アラビア語のカードをくれるかなぁ!」
明らかに、息子の私への挑戦状だった。
よし、ならば、受けて立とうではないか。
「息子にこんなことを言われてしまったので、アラビア語で
『語学はとても大切です。しっかり勉強しましょう。サンタクロースより』と記したカードを作りたいのです」とツイートしたら、たまたまアラビア語の堪能な歌人の方の目に留まり、親切にも翻訳してくださった。
このひとこそサンタクロースに違いない!
大人の私も、クリスマスの小さな奇蹟をいただいた思いがした。
さて、クリスマスイブが明けて。
「リビングに飾ってあるサンタクロース夫妻の人形が、大きなカードを抱えているよ!」と眠そうな息子を揺り起こす。
息子がカードを開くと、アラビア語だということだけがわかる文字の羅列と邦訳が並んでいる。
しばし絶句したあと、息子は大きな声で笑った。
Merry Christmas !!
ちょっと風変わりな、狐と狸の化かし合いのようなエンディングだったけれど、最後のプレゼントは親子の陽気な思い出として今も折々話題になる。
サンタクロースは、たしかにいる。
だれかにギフトを贈りたい、笑顔になってほしいと願うときに、サンタクロースの心が宿る。
あなたが、笑顔でありますように。
❆「サンタクロースって本当にいるの?」と聞かれた親御さんには、こちらのサイトの手紙がご参考になるかもしれません。