奥津城に翁の号を刻むなかれ(2)

明神の章 その2 【笛の音】


 「喜多さん、おはようございます」

 喜多が数人の巫女たちと…先の疫病で家族を失った村娘達を引き取って仕事を与え…ともに八幡を切り盛りするようになって二年。

 「太助さん、もう朝のお仕事を済ませたのですか?」

 「やっぱり野菜は朝採れが美味いですからねえ。そんで、これ」

 境内を清めていた喜多のところへ現れた壮年の村人が、板車に乗せて運んできた瓜を社の軒先に置いていく。

 「さっき採れたばかりの瓜。今年は豊作で、今朝も荷車一杯に獲れたんですよ。食べてくだせえ」

 「まあ、こんなにたくさん。ありがとうございます。ご神前で祝詞を上げたら、甜瓜(まくわうり)は社の皆で美味しくいただきます。青瓜は塩で漬けて皆さんに配りましょう」

 「おお、そいつはみんな喜ぶだ。八幡さんの漬物は美味いし縁起がよい」

 くしゃくしゃの笑顔で喜んだ村人は、『じゃあ、みんなの分も』と瓜をさらに積み上げた。

 「あら嬉しい……あっ、そういえば皆で漬けておいた梅がそろそろ食べ頃でした。持って行ってくださいな」

 「こいつは有り難え。この暑さに梅はよく効きますわ。畑仕事の疲れも吹き飛びます」

 「そう言っていただけると作った甲斐がありますわ。すぐ包みますね」

 「ありがとうございます」

 喜多が庫裏で熊笹の葉に梅を包む間、村人は井戸から自分で水を汲んで喉を潤していた。

 「小太郎さんが修行に出て二年、元気でやってますかねえ?」

 「まったく便りもありませぬ。出羽三山は修験者さまも山伏さまも大勢いらっしゃいますから、学ぶものも多くてお忙しいのでしょう」

 「便りがないのは元気な証拠といいますよ。流行病など寄せ付けぬ神通力を身に着けて戻って来てくだされば、我々は有り難いですなあ」

 「身に余る神通力を得て天狗にならなければ良いのですが」

 もとより調子者の小太郎を天狗になぞらえた喜多の軽口を、農民もまた「いかにも」と大笑いする。

 「でも、いつまでも八幡さまを女所帯にしておくのも物騒じゃろうに。山向こうじゃ落武者やら山賊やらが寺を荒らして食料や金目のものを全部持ってったって噂もありますし、やっぱり男手があった方が安心というもの」

 「……」

 夏の初めにこの八幡も同じ目に遭いかけた、ということを喜多は黙っていた。

 厨の食料目当てに真夜中に社に忍び込み、物音に気付いて様子を見に来た巫女を手籠めにしようとした不埒者の集団を薙刀ひとつで撃退したのは喜多なのだ。

 男たちはほうほうの体で逃げ出して行ったが、もちろん、村の者達の眠りは妨げていない。

 鬼姫。

 かつて鬼庭の家にいた頃、喜多は父からそう呼ばれていた。

 鬼庭家の姫という意味と、鬼のように強い姫という両方の意味を含んで。

 だがそれも昔の話。今は宮司不在の八幡を切り盛りする神職だ。

 村人はそのような経緯など知らなくても良いし、わざわざ知らせる必要もない。

 「小太郎さんが立派な神主になれば村も安泰でしょう。喜多さんと夫婦になれば次の代も、またその次も安泰じゃ」

 「……はい、包めましたよ。まだ残暑が厳しいですから、体を大事になさってくださいね。お母さまにもよろしくお伝えください」

 曖昧な笑みで言葉を濁し、喜多は梅を手渡した。農民は嬉しそうに帰っていく。

 氏子の皆が何を期待しているのかは、喜多本人が厭というほど承知していた。おそらくは片倉の父もそれを願っていたのだろうと思い当たる節もある。

 けれど、それは村の祭りを特別にしたようなもの。冠婚葬祭は村人にとって非日常の場であり、そこで羽目を外したいだけなのだ。

 身分の貴賤を問わず、働き、家を守り、血筋を繋ぐ役割を担って人は生まれてくると言っても過言ではない時代。

 「村」という広くない世界の中に年頃の男女がいれば、村の有力者や家長同士の話し合いで伴侶が決まってしまうのだ。

 それらの価値観を信じて疑わない者達に非はないのだが、鎮守の神職という身近な存在にて家族として育った神職の男女が居るのだから、彼らが期待するものは一つ。

 いや…だからというべきか、喜多は誰かと添い遂げるだけの決意は持てずにいた。小太郎が相手だからというのではなく、周囲の思惑の中で神輿の部品のように自分の人生が組み込まれていくことに抵抗があるのだ。

 家の思惑で鬼庭の家に側室として嫁ぎ、婚家の思惑で追い出された母の人生をどうしても思ってしまう。

 片倉の父は喜多も我が子として扱い、喜多が巫女として務められるよう振る舞いや心得、神楽までをよく授けてくれた。しかし「家」についての考え方は村人とほぼ同じであったため、次男の小十郎が誕生してもその将来については曖昧なままであった。

 もし父が存命だったとしても、遠からず小十郎は養子に出されていただろう。藤田の家のように跡継ぎのいない神社はたくさんある。

 それは小十郎本人も薄々気取っていたようで、だからこそ雅楽の奏者という特技を示すことで何処に行っても自分の居場所があるようにしていたのかもしれない。

 どんな環境に出されようとも、笛の名手として必要とされればいいと自分に言い聞かせていたのかもしれない。


 年が明け、立春を過ぎて。

 神が渡る道の両端に紙幣がついた縄が貼られた八幡の参道の先、雪をかぶった大鳥居の前で一礼する人影がふたつあった。大人と子どもである。

 村人以外で参拝に立ち寄るのは、大抵は出羽三山を目指す旅の者だ。旅の途中で出会う神社仏閣や地蔵に手を合わせ、水を補充していく。本殿で巫女達に読み書きを教えていた喜多は、気配に気づいて水を用意しようと勝手口から桶を持って庭に出た。

 しかし。

 「おお、境内にはまことに良い風が吹いておりますな」

 「良い風は八幡さまの歓迎のお気持ちです」

 刀を佩いた袴姿の男と談笑しながら現れた旅姿の童を目に留めた喜多は、つい桶を取り落としそうになる。

 「小十郎?」

 「姉上、お久しぶりです」

 丁寧に頭を下げたのは、浅葱色の袴を穿き、頬がすっきりと少年らしくなった小十郎だった。

 「おお、巫女どのが小十郎どのの姉上でございますかな」

 侍が立礼をした。戸惑う喜多は曖昧に頷いてしまう。

 「拙者は、左京太夫さまにお仕えする遠藤不入斎と申す者。小十郎どのをお連れ申した」

 「左様にございますが……あの、左京太夫さまとは」

 「米沢城の大殿様です」

 「それは存じておりますが……もしや、弟が何かご無礼を働いたのでしょうか?」

 これから市中を引き回されでもするのだろうか。ここへ来たという事は、一族も連座という事だろうか。

 そんな喜多の心配に、遠藤という侍は「とんでもない」と頭を振った。

 「その逆でござる。大殿が小十郎どのを米沢城に仕官させたいと仰せなのですが、小十郎どのは姉君に相談したいという事で伴をして参りました」

 「米沢の…お城に」

 喜多の脳裏を、鬼庭の父の顔がよぎる。

 「あなたは藤田の八幡を継ぐのではなかったのですか?」

 「それが……」

 小十郎は言いよどんだ。「まさか勘当を」と顔色を変える喜多に、不入斎が割って入る。

 「小十郎どのは神職として立派に務めておられました。ですが、そちらの神主夫妻に跡継ぎが生まれましてな」

 「では跡継ぎの話は」

 「藤田の父上と母上は、弟が生まれた後も私に良くしてくださいました。氏子の手前があるから神主になれなくても、義弟と力を合わせて神社を守ってほしいとも。私もそんな両親の役に立ちたいと思い、神楽の奏者として各地へ出向いてご奉仕していました」

 「まあ」

 出羽ではちょっとした評判になる程の名手でしたよと不入斎が太鼓判を押す。

 「作秋、左京太夫さまご夫妻が出羽三山を訪れておりましてな。祭礼で小十郎どのが吹いていた篠笛の音色をたいそう気に入り、米沢にお召しになってまで所望されたのですよ」

 「はあ……」

 唐突すぎる話について行けない喜多は、とりあえず客人を促した。

 「立ち話も何ですから、どうぞお上がりくださいな。いただいた里芋がありますから、蒸かしてお出ししますね」


(2)

 時間は少し遡る。

 「昨夜、神仏からのお告げがございましたの」

 米沢城二の丸、居館の東端にある一室で。

 起き抜けから思い詰めたような顔をして朝餉をとっていた東(はる)が、おもむろに箸を置いて切り出した。

 「ほう」

 向かい合わせの膳から漬物に箸をつけていた夫…伊達輝宗は、箸を戻すのも躊躇われてそのまま糀漬けの小茄子を口に運ぶ。

 「何と仰っていた?」

 「湯殿山に詣でよ、と」

 「出羽三山か。神も仏もおわすお山であるな」

 「隻眼で恐ろしいお顔つきの僧侶が、わたくしに必ず来るようにと仰せでした。さすれば、この国を変える立派な御子を授けると」

 「恐ろしい…不動明王か、あるいは須佐之男か?」

 ははは、と輝宗は笑った。

 「国を変えるとはまた豪毅な話であるな。まだ見ぬ我子が変えるのは陸奥国なのか、それとも日ノ本であるか」

 「どちらでも宜しゅうございます。わたくしは、早く世継ぎを産みたいのでございます」

 初陣で伊達領の寒河江を攻めて来た血気盛んな最上義光の妹という血筋をそのまま受け継いだ姫は、物事を奥ゆかしく伝える事をあまり知らない性分であった。

 「ふむ」

 かたや鷹揚な輝宗は、東の願いにちくりと胸を痛める。

 かつて陸奥で栄華を誇った奥州藤原氏が滅んだ後、鎌倉幕府初代将軍との縁戚を結んだ事もある…すなわち武士の世の草創期からこの地を治める伊達家に十六歳で嫁いできた東こと最上の義姫と輝宗の間には、婚姻から三年近く経った今もまだ子が授かっていない。

 とはいえまだ二十二歳と十八歳の若い夫婦。輝宗はそう急ぐこともあるまいと構えていたが、家中から側室を促す声が上がっているのも事実である。それらの「ぼやき」が侍女達の噂となって妻の耳にも入っているのだろう。

 自分にも他人にも完璧を求める東のような気性でなくとも、跡継ぎを産むことが至上命令とされる正室にとってそれは大きな重圧であり屈辱でもあった。親同士が決めた政略結婚だからこそ…出羽と陸奥の国主それぞれの期待を背負っての縁組みならば尚更であることは、輝宗にも容易に想像がつく。早く肩の荷を下ろしたくて仕方ないのだろう。

 神仏という目に見えない存在であっても、たとえ夢見であっても縋りたい気持ちは、武士が戦勝祈願をする気持ちと大差ないのかもしれない。

 折しも今は秋の収穫が終わり、嵐の季節も祭りの季節も過ぎて長旅にはうってつけの気候である。

 よし、と輝宗は決断した。

 「出羽は子宝祈願にも御利益があり、霊験あらたかな御神湯もあると聞いておる。義父上の城からも近いゆえ、機嫌伺いも兼ねて詣でてみるか……たれぞ、手筈を整えるよう伝えて参れ」

 「お聞き届けいただき、嬉しゅうございまする」

 東は胸のつかえが取れたようにほっとすると、残りの膳に箸をつけた。


 そうして叶った出羽参詣。

 今は和睦中とはいえ、出羽との関係はけっして良好ではない。遠藤不入斎と鬼庭左月斎が警護に加わるものものしさと、東につき従う侍女達の華やかさ。装束や愛用品を納めた行李持ちと警護の騎馬隊が混成された行列は、かつてない大規模なものとなっていた。

 「良くしていただいているところを見せて、殿の面目を立てとうございます」

 その振る舞いから『奥』と呼ばれるように、貴人の妻はそうそう屋敷から出る事はない。もとより闊達な東が庭で薙刀を振り回しているだけで飽き足りる訳がないのはさもありなんだが、その反動がこの行列である。

 (まるで絵巻で見る長谷詣でだな)

輝宗は、輿に乗った東の隣を馬で進みながら…実は東も馬で往きたがったのだが、流石に説き伏せた…国境の景色を見やっていた。

 「殿、月山が見えてまいりましたわ。ああ、紅葉も錦のようで……懐かしゅうございます」

 「それは良い。が、輿の中で右へ左へと暴れるでないぞ。担ぎ手の負担も思いやれ」

 馬ならば朝に米沢を出立すれば夜には山形城に到着するところだが、徒歩行列を配慮して中途の上山に宿を取り、翌日の午後にようやく山形城に入城する。

 「これはこれは義弟どの、さすがに大層な行列でございますなあ」

 館の縁側で出迎えた最上義光は、大仰な仕草で扇子を額にかざして遠見する。

 紗綾の地織物で作られた直垂に立烏帽子、薄化粧を施した姿は都人の真似事なのだろう。あるいは、胴服に草履という実用的な衣を纏っている輝宗への対抗心か。

 「まるで戦支度のような大仰さですな。おお、不入斎どのに左月斎どのがご一緒とは流石に抜かりない……おっと、これは不躾でありましたな。ほれ、今日は霞もない日和ゆえ、長谷堂城もよくご覧になれるでしょう」

 義光が示す扇子の先には、輝宗の父と祖父が国を二分する親子喧嘩の『どさくさ』のさなかに最上に奪われた長谷堂城。

 「ほう、あれが長谷堂城でござるか。ですが『そのころ』私は生まれておりませなんだから、ただ良き地にあると思うのみでございますなあ。月山の麓、寒河江の太郎四朗どのはご息災と聞いておりますが」

 寒河江、と聞いて義光の眉がひくりと動いた。心に針を打たれるとすぐ顔に出る性分は東そっくりだと輝宗は思った。

 「流石はかつての鎌倉評定衆は大江広元どのの子孫、まこと誇り高うございますな。よう城を守っておられる。気勢だけで攻め込む輩など、まるで相手にもならぬようで」

 七年ほど前、最上義光は元服するとすぐに伊達領の寒河江城を攻めた。だが「こてんぱん」に撃退されているのだ。

 「まだまだ戦の世は何が起こるか分かりませぬ。ほんの一度守り抜いただけで勝利したと慢心するのは感心しませんな」

 「大丈夫でありましょう。ぎらついた空気は簡単に気取られますゆえ」

 「それはそれは、寒河江には心強い味方でも控えているのでしょうかな。出羽三山に近いこの地は行者に扮した物見衆も多数行き来しているという話ですし、蔵王の峠を越える者もいるとかいないとか」

 「間者がまかり通るとは、まこと物騒な世になり申した。互いに気を引き締めてまいりませぬとな」

 輝宗と義光は扇を口元にあてがって「ほほほ」と高笑いをした。

 喧嘩腰の挨拶も、両者の関係がそれだけ危ういという事。加えて次期当主の義光は野心家である。

 「いや、これは言い過ぎましたな。何せ大仰な行列でお越しゆえ、ついつい先を読みたがってしまい申した」

 「国主であれば疑心暗鬼くらいで丁度良いのかもしれませぬ。義弟どのの気構えは、武士として当然でありましょう……が、今は義兄弟ではござらぬか」

 輝宗は、左月斎が差し出した目録をちらりと見せた。

 「行李のほとんどは奥の支度と義父上への土産の品にござる。秋も深まった出羽三山のあたりは寒うござるゆえ、奥が体を冷やしてはならぬとつい沢山の着物を用意してしまい申した」

 「ほう。東ならば甲冑も薙刀も持ちたがりそうなものであるが、用意しておられるのかな」

 「東に似合う女物の鎧は仕立てましたが、此度は子宝祈願ゆえに米沢に置いてあり申す。鎧など使う場面もありますまいから」

 「それはよい。巴御前の再来といわれた東に薙刀を持たせれば寝首を掻くのも造作なきこと……いやいや、夫婦喧嘩にはご注意されよと申したかったまで」

 「まさに東は巴御前のごとく聡明な奥でありますぞ。今ここで東が薙刀を握ったら、一体どの方角に矛先を向けるでしょうな……まあ、そのような悩みを抱かせぬ事こそ、東が伊達家に嫁いできた意味だと心得ておりますが?」

 「まあまあ兄上、あまり殿をいじめてくださいますな。お互いに将軍さまから『義』と『輝』の偏諱を賜った仲ではございませぬか」

 侍女の手を借りてようやく輿から下りた東が、打掛を直しながら二人を取りなす。

 「ご安心くだされ兄上。せっかくの子宝祈願に物騒なものを持参するような心持ちでは神仏も恐れて願いを聞いてくださいませぬ。それより早く館に入りとうございます。わが殿もすっかり体が冷えてしまっておいででしょうに」

 子宝祈願の旅で風邪を召されては困る、と東は兄に詰め寄った。

 「おお、これは気が利かなんだ。……それでは義弟どの、今宵の宴にて後程。客間の隣には自慢の出湯を引いておりますゆえ、お待ちの間に温まってゆるりと過ごされよ」

 「お心遣い、感謝いたす」

 義光は行列をなめるように眺めながら立ち去った。輝宗は目録を取次役に渡すよう命じると、東の案内に従って客間に向かう。

 ふと振り返れば、義光の自慢話にも登場していた長谷堂城。

 寒河江氏よりも力のある伊達の城はいまだ手中にありと示す事で寒河江攻めの失態を「たまたま」と言い切り、伊達と張り合うつもりなのだろうけれど。

 輝宗の気持ちは長谷堂城にはなかった。いや、むしろ手にしたくない。

 強大な力を持つ者の周りには様々な思惑や欲が引き寄せられる。それらはみな思惑の持ち主の方向しか向いていないため、ほんのわずかな軋轢でいとも簡単に家臣団の分裂を招いてしまうのだ。

 父と祖父の争いを思えば、城ひとつでよくぞ済んだものだとさえ思ってしまう。

 実際、伊達家中の心中にある軋轢はまだ完全に取り除かれた訳ではない。最上のように虎視眈々と機会を伺う者もいる。ゆえに今は国を拡げるなどという欲を持たずに盤石を求めるべきだ。

輝宗は、それこそが国主としての自分に課せられた使命なのだと見つけていた。

 しかし我が子の代になればどうなるのだろう。

 (父子の間にあるのは絆だけにあらず……東が言う『国を変えるほどの度量』を吾子が持って生まれるとしたら、儂は吾子とどのような関係を築くのだろう)

 望んでいる嫡子誕生も、伊達家の歴史を思えばどこか恐ろしいものに思えてしまう。

 まだ見ぬ我が子の度量は、いったい何方を向くことになるのだろうか。

 自分であれば、あるいはこの長谷堂城であればまだ良い。はるか西を向いた日には、伊達家はどうなるのだろうか。


 歓待こそされど、甚だ居心地が悪かった山形城をそそくさと辞去し、向かった湯殿山。

 「殿。長谷堂城を発った夜、わたくしの夢にまた隻眼のお坊様が」

 六十里越えと呼ばれる山道の旅を控えた左沢の寺…さすがに寒河江城に逗留して最上を刺激する訳にはいかず敢えて隣の集落に構えた宿にて、東がふたたび打ち明けた。

 「ほう、早速ご利益が現れたか?」

 破顔して打掛を一枚多く羽織らせる輝宗とは反対に、東の顔は浮かないものだった。

 「お坊様が申されたのです。今生でやり残した役割を果たすため、わたくしの…その、胎内を貸してほしいと」

 「つまり、生まれてくる子はその僧侶の生まれ変わりとなる訳か」

 ふむ、と輝宗は打掛の襟を直して東の正面に座った。

 「前世で積んだ徳をもって陸奥国を変える、と考えれば、何ともありがたいではないか」

 「ですが……」

 東の顔が雲る。

「たいそう醜いお坊様なのですよ。子があのような見目で生まれてしまったらと思うと不安でございます」

 男顔負けの武芸を誇る東でも、我が子の見目を気にするあたりはやはり姫育ちである。公家よろしく雅な振る舞いを好む最上の家ならば猶更であろう。

 「……東よ」

 輝宗は、ゆっくりと東に言い聞かせた。

 「御仏に仕える僧侶の顔が険しいのは、それだけ厳しい鍛錬を己に課していればこそ。隻眼はきっと修行の最中に得たものであろう。誇りこそすれ、厭うものではない」

 「……」

「なおかつ人の夢に現れるような神通力の持ち主であれば相当な徳も積んでおられたのだろう。国を変える者として必要な素養を持って生まれるのならば、我々は喜んで迎えようではないか」

 「ですが、人心を掴むには見目も大切でございます。いかなる良き話も、人々に立ち止まって聴いてもらえる見目がなければ意味がのうございまする」

 「見目で人の足を止め、言葉で心をつなぎ留める術は否定しない。が、大切な事を忘れてはいまいか?」

 正直すぎる妻に向かい、輝宗はコホンと咳払いをした。

 「子は親に似るものだ。東は美しい姫である。そして…儂は、そなたの眼にはどう映っておる?」

 「まことに凛々しゅうございます」

 日頃は気の強い東だが、祝言の席で初めて顔を合わせた輝宗の容貌に見とれて杯を持つ手が宙を掴むようにふわふわとしていた事を思い出して顔を赤らめる。

 「そう申してもらえて嬉しいぞ。ならば憂う事はあるまい」

 「……はい」

 「次にその僧侶が夢に現れたら、喜んで願いを聞いてあげなさい。きっと陸奥国を盤石にする伊達家の当主が誕生しようぞ」

 「かしこまりました」

 その時、庭の格子窓の隙間から笛の音が風に乗って流れてきた。

 肌寒くも澄み渡った奥羽の夜風をたゆたうような音色を、輝宗と東は目を細めて聴き入った。

 「素敵な音色にございますね」

 「雅楽でも囃子でもないな。聴いたことのない音曲であるが、なかなか風流だ」

 輝宗は庭に控えていた小姓に向かって手を叩いた。

 「これ、あの笛の奏者をここへ連れてまいれ。酒の肴に笛を所望する」

 都から風流人でも流れて来たか、それとも笛の材料となる竹が採れる土地ならではの熟達か。

 二人のいる間と庭との間に簾を下げ、酒の相伴に呼んだ鬼庭左月斎と遠藤不入斎も控えの間に入ったところで。

 「連れてまいりました」

 垣根からひょっこりと現れたのは、まだ十歳そこそこの童だった。小姓が手にしている古びた脇差は、童の持ち物なのだろう。

 白袴姿の童は庭に両膝をつき、うやうやしく頭を下げる。神職の所作だった。

 「まあ、この童があの笛を」

 目を丸くする東に対して、才ある者に年齢はないと考える輝宗は愉快そうに笑う。

 「風に乗って笛の音が聴こえて来たのでな。旅の土産に聴いてみとうなった。即興で構わぬ、何ら奏じてみよ」

 「そんな……私のような童の笛を」

 粗末な笛をぎゅっと握りしめた童を小姓が促す。

 「殿のご所望だ、さあ」

 小姓に促され、童は戸惑いながら笛を口に運んだ。


 「殿も奥方様もたいへんご満足されたご様子。ご苦労であったな、童よ」

 帰路を送る遠藤不入斎が童を労う。童は恐縮するように軽く頭を下げた。

 夜が更けるまで流れ続けた笛の音につられて、国主の間の周りに巡らせた塀の周りにはいつの間にか人垣ができていた。輝宗もそれを止めなかったので、気がつけば庭が伊達の者で埋まり、思いがけない大がかりな演奏会となっていた。

 吹き終えた後、喝采は起こらなかった。輝宗も東も、ただ心を傾けて笛の音に耳を澄ませていたのだ。

 「おかげで美味い酒が呑めたぞ。まこと見事なり。褒めてつかわす」

 笛の余韻がようやく夜空に霧消した後しばらく経ってから輝宗が絞り出した声で、その場にいた者が一斉に我に返る。誰からともなく「ほう」と溜息が起こったのは、その後だった。

 「まこと心洗われる、よき音色にございました。明日にでも礼を届けさせましょう。今日はもう夜も遅いゆえ、たれか送ってさしあげなさい」

 東の言葉に応えたのは遠藤不入斎。

 「童よ。神職とお見受けするが、名は何と申す」

 帰路。東が遣わした褒美の菓子の包みを嬉しそうに抱える童に、遠藤は興味を持った。

 「藤田…いえ片倉小十郎と申します」

 「片倉……」

 その姓が、遠藤の記憶のどこかに引っかかる。

 「生まれはこの辺りか?」

 「いえ、生まれは置賜の八幡なのですが養子に出されまして…ですがそちらにも跡継ぎが生まれましたので、姓を戻して雅楽の奏者として奉仕しております」

 「では笛を吹いていたのは」

 「春や秋は祭りが多いので奏者として呼ばれているのです。その練習をしておりました」

 「それが殿のお耳に入ったということか」

 「夢のようでございます……あっ、こちらで結構でございます」

 ふと足を止め、童がぺこりと頭を下げる。顔を上げた視線の先には、真っ暗な森。

 「すぐそこに私の仮住まいがあります。お侍さま、ありがとうございました」

 小さな稲荷の、とても人が住めるとは思えない社がそこにあった。鳥居の前で小十郎は頭を下げ、古びた格子戸を外さぬよう丁寧に開けると振り返ってまた一礼する。

 「そなたの住まいか?」

 「いえ、養家の摂社です。社を手入れして風を通す役目もありますので丁度良いのです」

 「まだ小さいのに……夜盗や猪が出るのではないか?」

 「慣れました。盗賊は脇差で大抵は何とかなります。猪は仕留めて村人に差し上げれば喜ばれますし、毛皮を売ればお社の収入にもなります」

 「脇差一本で、か」

 「姉から譲り受けたのです。母の形見だったとか」

 「母御は武家の出であったのか?」

 「そのようなのですが…私も、詳しい経緯はわかりません。父は神職でしたし、母も私が生まれた時には八幡でご奉仕しておりました」

 返してくださいませと頼まれて脇差を返すと、童は慣れた手つきで袴の紐の合間に脇差をねじ込んだ。

 「いや脇差で野盗を追い払い、猪を仕留めるとは大した童だ。我らとて罠を用いたり、矢や槍で動きを止めてから仕留めるのがやっとなのに」

 「『穢れ』を持ち込めぬ境内でなければ殺生は構いませぬ。神に仕える身とて、生き物の命をいただいきながら生きてゆかねば祈りも捧げられませぬから」

 そういう事ではないのだが。言葉を飲み込んだ不入斎に、童は「では」と一例して祠に入る。やがて格子戸の向こうに灯りがともった。

 たくましい、という言葉だけで表現できぬ。老成している、とか、得体が知れないというのも違う。

何とも不可思議な童も居るものだと不入斎はただ目を丸くするだけであった。


 小十郎と名乗る童の笛の音を聴いた夜。

 東の夢の中に、またもや隻眼の僧侶が現れた。

 如何すると問われた東は夫の言いつけどおり、僧に自らの胎内を貸すと答えたのだった。

 それから三月ほど後、年明け間もない米沢にて。

 東の懐妊が判明した。


 新年と東の懐妊祝いの宴が同時に催された米沢の伊達屋敷。殿上は叶わないため特別に庭園に設けられた座にて、白い斎服に烏帽子という正装をまとった小十郎は余興として笛を披露するため召されていた。

 輝宗と東、そして先代の藩主晴宗をはじめとした伊達一門から着座衆まで、国主に直接正月の挨拶を認められた家臣が集った層々たる場ではあったが、小十郎は臆することなく丁寧に祝いの音曲を奏でる。

 「ああ、とても気分が良うございます。悪阻が嘘のように治まっていきますわ」

 東がうっとりと目を細める。伊達家の先代である晴宗も童に興味を示し、輝宗の耳元で扇を広げた。

 「随分と落ち着いた童であるな。何処の神職じゃ?」

 「東とともに出羽三山へ詣でた際に出会ったのです。置賜の八幡の生まれと聞いています」

 たしか成島八幡と言ったか、と聞いた晴宗が「ほう」と目を細めた。

 「あの童、城仕えさせてみるのも面白いやもしれぬな」

 「何故そう思われるのですか、父上?」

 「そうさなあ……縁じゃよ、縁。伊達家の先祖があの童を呼んだのかもしれぬ」

 「縁?」

 「生まれる子には友たりえる者が必要であろう。国主にも遠慮なく物申せるくらい度胸ある者が。あの童、なかなかの逸材と見たぞ」

 父が含み笑いをする時には、大抵何かある。

 「考えてみましょう」

 国主の側仕えになり得る者の要件を頭の中で反芻しながら、輝宗はどうやったらあの童を出仕させられるか、立ち位置はどうなるのかと算段を始めたのだった。


 「殿、鬼庭さまと遠藤さまがお見えです」

 執務が終わった後、昨晩の父の言葉が気になった輝宗が思案を巡らせていた時。

 小姓が襖ごしに声をかけてきた。輝宗が通せと命じて一刻、次の間の床板に二つの気配が膝をつき、襖が開かれる。

 「両名揃ってとは、何か問題でも起こったか」

 「いえ」

 頭を上げて切り出したのは、前年に『着座』から『一族』に家格を挙げた鬼庭だった。

 「昨晩の宴で笛を奏じた小十郎なる童ですが、御前さま(義姫)が登用なさりたいと仰っているとの事で伺いました」

 「たしかに東はあの童の笛の音に執心しておったが、その処遇について難儀しておるところじゃ」

 東について笛の音を聴いた女中たちが発信源であろうが、それにしても女社会での噂の伝搬は速いものだ。両名の耳に入ったという事は、既に家中の知るところなのだろう。

 「いくら才ある者とはいえ、平民をいきなり邸仕えにもできぬ。儂の一存で無理を押し通しては家臣団の結束に影響が出るであろう。とはいえ子を呼び寄せてくれた恩人を雑色として扱うのも忍びない」

 家格を重んじる伊達の家臣団。昨夜の宴に呼ばれる事もなく粛々と己の役目に励む者の方が多い現状で、いきなり彼らの頭上を飛び越えた童を出仕させては彼らの不満を招きかねない。

 現在邸に仕えている小姓達は輝宗らに謁見を許された家柄の子息ばかりである事から、彼らとの軋轢も懸念された。

 「いっそ二の丸に社でも勧進し、そちらの宮司として奉職させようかと思うていたところじゃ」

 「ほう、神職ならば不満を持つ者もおりますまいな……ですが」

 鬼庭が遠藤を目で促す。

 「拙者が出羽にてあの童を送って行った際、童が片倉姓を名乗っていた事から調べてみましたところ、童の伯父は前(さき)の軍奉行、片倉意休斎どので間違いのうございました」

 「まことか!」

 「意休斎どのの弟君が置賜で神職に就いていたという話を、かつて意休斎どのの下で働いていた者から聞き出せました。八幡の場所も、童…片倉小十郎と名乗っていた者の話と一致しております」

 片倉意休斎。軍奉行として最上との合戦に幾度か出陣し武功を挙げ、その功から置賜の小桜城を任されている筈であった。しかし、残念ながら輝宗の御前に上がれる家格ではない。

 「意休斎どのの甥御という立場を小十郎どのは知らない様子。おそらく父親が口を閉ざしたまま亡くなったのでしょう。そちらは我々が口を挟むべきではないと存じております」

 意休斎もはや老年の域で近頃は物忘れの病が顕れているとの噂もあり、今は嫡男に家督を譲って小桜城で静かに暮らしている。鬼庭も遠藤も、いずれ引き合わせるべきではあるが名乗りは当人に任せるべきだという考えであるようだった。

 「ですが……どうか、あの者を殿のお側に置いてはいただけませぬでしょうか」

 鬼庭が、庭の玉砂利に額がつくほど深々と頭を下げる。

 「左月斎よ。何故そなたがそのような願いをする?よもや東のように笛の音が気に入ったという訳でもあるまい」

 「血縁はございませぬが…あの童は、おそらく某の縁者でございます」

 「何と」

 鬼庭は「拙者の力不足にございます」とさらに恐縮した。しかしこれは輝宗と東にとって好都合である。

 「両方の申す事が真実ならば、童の身元も確かとなるな。が、そこまで申すのであれば鬼庭家の猶子として迎えても良いのではないか?さすれば出仕において家中の同意も得やすくなるし、鬼庭の家は既に世継ぎが決まっておるゆえ猶子一人増えたところで今更騒動にもなるまい」

 「いえ……恥ずかしながら当家にはいまだ様々な声がございまして、童の母親と姉もそれが原因で当家を去りました。それをまた猶子として呼び戻せば、あの童の立場も難しくなるでしょう。身内の名乗りは追々として、まずは死んだ元妻への詫びとして童に報いてやりとうございます」

 「それで遠藤の猶子とするか」

 なるほど、と輝宗は扇で肩を軽く打った。鬼庭と片倉、どちらの家臣団にも迎えられぬ子であるならば、と。

遠藤は「はっ」と主の明察に頭を下げる。

 「鬼庭どのの願いとあっては断れませぬ。それに、あの童には武士としての才もございます。かつては脇差一本で盗賊を追い払い、猪を仕留めた事もあったとか」

 出羽国にて小十郎の暮らしぶりに触れた遠藤は、ふとした出来心から米沢に滞在中の小十郎に城下の剣術道場を見学させて剣術の手ほどきをさせてみたことを報告した。

 「道場に通う童達はほとんどが武家の子弟ですが、あの童は木刀を握ったその日の夕刻には手合わせで年長の門弟から一本取ったのです。相手にはあらかじめ手加減するよう言い含めておりましたが、最後の方はそのような余裕もなく打ち合っておりました。体躯もしっかりしており、鍛えればかなりの使い手になる可能性がありましょう」

 「ほう、見込みありとな」

 「先の永禄の変以降、足利将軍家はもはや風前の灯火。美濃の織田上総介が後見役として上洛しましたが、三好家や比叡山門徒衆、さらに浅井・朝倉家など近江から越前にかけての名家はまだ健在で前途は不明。大きな戦乱の世に突入することも想定して、見込みある者を一人でも多く育てておく価値はございましょう」

 「いかにも。最上の義父上は嫡男に将軍家から偏諱を賜った事で伊達を出し抜いたつもりであろうが、こちらにとっては形骸化した足利家との関わりを絶つ良い機会であった。幸いこの奥州は京都から遠い。次に台頭するのが誰であるか見極めつつ兵力を蓄えておく事に越した事はないな」

 伊達家は鎌倉時代から続く守護大名の家である。
 藤原不比等が四男・藤原房前から魚名流へと分家した後、藤原の嫡流からは離れたものの平安時代末期より奥州を治めた藤原清衡を祖とする奥州藤原氏、その四代目である泰衡が源義経を匿った咎でのちの征夷大将軍・源頼朝に滅ぼされた戦にて戦功を挙げた御家人であり頼朝の又従兄弟にあたる「常陸入道念西」が後に頼朝から奥州の地と「朝」の字を与えられて「伊達朝宗」と名乗り伊達家の始祖となった。
 朝宗の母は源姓の出なので伊達家も源氏の血筋である。
 ただし歴代の当主の中には滅亡した藤原氏や平氏の血筋を側室に迎えた者も居ることから、氏族でいえば藤原氏でもあり平氏でもある。

 先祖の威光と血筋から、鎌倉からも室町幕府が置かれた京都からも遠い会津から出羽・陸奥にかけての所領を治める国衆を束ねてはいるが、ゆうに三百年は続く名家であろうとも絶対的な盤石さを持っている訳ではいない。

 その威光ゆえ、守護する地が広大すぎて目が届かないのだ。

 それを良いことに伊達の領地周辺でじりじりと勢力を広げている有力豪族達、彼らと利害関係で繋がっている国衆との関係も、絶対的な主従関係とは言いがたい。幕府が鎌倉にあった頃に恩賞として土地を賜った者、それ以前から存在する『平』姓を持った坂東武士。

 自分の次の代、生まれてくる子とも張り合うであろう最上ら東北の大名は地方豪族達と渡り合うためには、こちらも次なる世代に向けて有能な者を育てておく必要がある。

 「武の方は才ありとして、文の方は如何に?」

 「生家で姉君から習ったとのことですが、実際に年齢よりも高い知識があるように見えます」

 「鬼庭家の姫が教えたのならば申し分ないでしょう。幼い時分より、母とともに漢詩だけでなく孫子の兵法まで読み解く賢い女子でした」

 「成程。問題はなさそうだな」

輝宗は心を決めた。

 「相分かった。童の出仕についての手配はそなた達に任せる。遠藤が後見に立つとあらば、儂の小姓として勤めさせる事になったとしても異を唱える者はあるまい。東も安心してよき子を産むであろう」

 「ありがたきお言葉、恐悦至極に存じます」

 鬼庭と遠藤は深々と頭を下げて退出した。かわりに隣の間で話を聞いていた東が現れる。

 「あの小十郎なる童、伊達の家と浅からぬ縁があるようでございますね」

 「そのようであるな」

 「鬼庭どのは、あの童に姉君が居るとおっしゃっていましたが……いっそ姉弟で仕官させては如何です?」

 「なぜ、そのような事を思う?」

 「子には養育係となる者が必要でございます。ですが、今いる侍女たちではいささか……お話を聞いた限りでは相当に優秀な女子のようですし、鬼庭どのの実子であれば身分が劣ることもございませぬ。如何でしょう」

 輝宗の小姓、東の侍女たち。

 国主の私生活に接する者として、家格が高い者を中心として学問や武芸、人柄など側に置くにふさわしい子弟を選りすぐって置いていた。

 それでも人としての相性はある。気に入られれば城内での立場が上がり、うまくすれば家格も上がる。

 男子の場合は活躍の場を他者より多く与えられ、それだけ武功を挙げて名を轟かせる機会に恵まれる。

 そして女子は。

 次期国主の養育係という地位は、お役目一筋の侍女の上昇志向を非常にくすぐるものである。

 侍女であろうと出世すれば実家の格も上がるし、本人だけでなく実家の発言権も上がるのは間違いない。

 だがそのような上昇志向を持つのはほんの一握りの侍女であって、多くの侍女たちと彼女たちを取り巻く家臣団の思惑はもう少し違うところにあった。

 つまり、国主じきじきに見初められること。

側室になれるか否かは正室である東の一存になるが、「お手つき」となれば局の中での序列は一気に上がる。

 その上で輝宗の子が生まれれば、そしてそれが男子であれば、一族は次期当主の縁戚として将来を約束されたも同然である。

 一族まるごと出世をという野心があるのなら、武功や実力でのし上がる男子世界よりも実のところ娘が側室として扱われる方がより手っ取り早いのだ。

東の懐妊前は、もしも東より先に輝宗の子となる男子を産めば家もろとも安泰だと息巻く家臣も居たと聞いている。無論、それら思惑が東の耳に届かない訳がない。

 東が子を強く望んだのも、彼らの前のめりな態度が遠因であるのは間違いないだろう。事実、懐妊した今もなお「生まれた子が女子ならば、我が娘が男子を産めば側室入りは間違いなし」と親に入れ知恵されて輝宗や東に取り入る侍女は少なくない。

 そういった「おためごかし」が、却って東の不興を買っているとも気づかずに…いや、気づいていたとしても既成事実で押し切ろうと必死になり、さらに嫌悪を抱かせる結果となっているというのに。

 「そうだなあ……今から選出するとなると、また家臣団の間でひと悶着ありそうだ。家格の争いから遠い者の方が、養育係としては却って好都合かもしれぬ。何より、吾子にへつらう者より『天狗』にならぬよう諫めてくれる者の方は欠かせぬだろう。が、そのような女子は私利私欲で動かぬ分厳しい。時としてそなたと衝突するやもしれぬが、それでも構わぬか?」

 妻の言葉の意味をすぐに悟った輝宗の問いに東は正直に答える。

 「わたくしも母ですから、おなご同士で悶着の一つや二つはありましょう。それを上手く往なせる賢き女子であるのならば、ときに風当たりが強くとも出て行くことはありますまい」

 「わかった。では揉め事が起こった際は私や教育係が事の仔細を聞き取って判断しよう。優先されるべきは子が健やかに育つこと、それでよいな?」

 「はい」

(3)

 「わたくしが小十郎と共に……」

 遠藤から説明を受けた喜多は困惑した。

 「大殿様や政所様におめもじ(目通り)すらしていない、わたくしをですか?」

 まさか鬼庭の家の出だからかと問う喜多に、遠藤は複雑に笑った。

 「奥方様のお望みとはいえ、身元は検めねばなりませぬ。ゆえに勝手をした事はどうかご容赦くだされ。喜多どののお血筋であれば身元は申し分ありませぬ。拙者が鬼庭家古参の侍女にそれとなく聞いてみたところでは、喜多どのは読み書きも堪能で書物の知識もあり、礼儀作法から武術の心得まで身に着けておられたご才女であったと申しておりました。お子の養育だけでなく、奥方様のお話し相手にうってつけかと」

 「いえ。どれも幼少の頃に習ったものばかりで、田舎暮らしの方が長くなってしまった今はもうお城でお役に立てるものでは……厨か洗濯場でしたら、いくらかはお役に立てましょうけれども」

 「大殿と奥方様は、信がおける者を一人でも多く側に置きたいとお考えなのです。どうかそのお気持ちをご理解いただきたい」

 遠藤の言う事は薄々ながら理解できた。察しがついたというべきか。

 「小十郎、あなたはどうしたいのです?」

 「私は……身に余る機会を無にしたくないと思います」

 「そうですか……」

 かつて通りすがりの僧に指摘されたとおり、小十郎はこれまで遠慮の人生を送ってきた。

 誰かに決められた生き方を、それでも精一杯に全うしようとしている。

 その小十郎が、初めて自ら望んだ生き方ならば。

 「お城でのお務めは、輝かしいものばかりではありませぬよ。戦に出れば人を殺め、その身に降りかかった無理難題を上手くこなせなければ詰め腹を切る理不尽さえあります。そのような中で生き抜く覚悟はありますか?」

 「そこにしか居場所がないのでしたら懸命に勤めるだけです。姉上」

 「……わかりました」

 喜多は心を決めて遠藤に指をついた。

 「遠藤さま、小十郎のことをどうぞよろしくお願いいたします。わたくしは……お社の留守を預かる身でありますゆえ、考えるお時間をいただいてもよろしいでしょうか?」

 「無論。良い返事を期待しておりますぞ」

 「姉上?」

 「小太郎どのが修行から戻るまでは、私がこの八幡を守らねばなりませぬ。ここにいる子たちを巫女として預かった責任もあります。いつになるかは分かりませぬが、私の身の振りはお役目を解かれる時に考えましょう。あなたはあなたの選んだ道を邁進なさい」

 「はい……」

 小十郎は神妙な顔で頷いた。遠藤はほっとした顔で喜多に尋ねる。

 「ときに、喜多どのは片倉景親どのをご存じか?」

 「片倉…景親さま?」

 幼少時の記憶を手繰り寄せた喜多の脳裏に、うっすらとその名が浮かぶ。鬼庭の家に居た頃だろうか、それとも八幡に来てからだろうか。

 「何処かで聞いたような気もいたしますが、詳しくは……片倉の父に縁のある御方でしょうか」

 「……いや、失礼した。忘れてくだされ」

 日も傾き始め、ではと退出しようとする遠藤に珍しく小十郎が願い出る。

 「遠藤さま。出立前に八幡の奥津城に詣でたいのですが、よろしいでしょうか」


 雪に脚をとられる八幡の裏山の中腹にある奥津城。墓所である。

神域には『穢れ』を持ち込めないため、八幡の信仰者は神社から離れた場所に弔われるのが通例なのだ。

 喜多も一緒に詣でた比較的新しい鳥居の先には小十郎の背丈ほどの柱状の石。傍にはいくつもの石碑が置かれ、細かい文字で名が刻まれている。

 「こちらは槙の樹が多いですな。しかし、だいぶ伐られている」

 信夫(現在の福島市)の寺生まれの遠藤にとっては珍しい光景で、分を超えない程度に視線であちこちを見やっていた。

 「槙は棺に使うのです」

 「……」

 「日本書紀の時代より、杉や楠は川や海を渡る舟に、檜はお城の普請や寺社に使われるのです。この山は奥津城ですから、棺や位牌に使われる槙の木が多く植えられています」

 見れば、切り口が比較的新しい枝もある。たくさんの木が伐り落とされた痕跡があるのは、小十郎の両親が命を落とした疫病の際に使われたのだろう。

 「八幡の氏子や神職は、亡くなるとこの地に埋葬されます。そして家族はこの奥津城を墓標として参るのです……先の疫病の時には棺が間に合わず、ほとんどの人がそのまま……両親もそうでした」

 「……」

「本来ならば神職の墓は『奥都城』と呼ばれるのですが、神主が不在となった八幡を父が引き継いだ際に整備し直し、神職であっても他の人と等しく神宿る自然に還るという考えのもとで『奥津城』として集落の人達と一緒にしたそうです」

 「敢えて都の文字を外された……人々と一緒に、というお考えだったのですな」

 「そうだと思います」

 喜多は(よく覚えていてくれた)という顔をして頷く。

 「こちらの『翁』や『郎男』『郎女』というのは?」

 「亡くなった年齢に応じた『号』です。どの『号』がついているかで、故人がどのくらい生きたのかがわかります。『郎男』『郎女』は二十代から三十代」

 『郎男』『郎女』に加えて『大人』に『刀自』…小十郎の説明では享年四十を超えた『大人』『刀自』という号も多くみられる中、稀に記されている『翁』『媼』が最年長で、七十一歳を過ぎて亡くなった者につけられる号だという。生まれてこのかた釈迦如来を信じて生きてきた遠藤は初めて知る学びであった。

 石の前に茣蓙を敷いて正座した小十郎は自らの覚悟を伝え、作法にのっとって礼をする。

 「ちはやふる 神よりいでし人の子の 罷るは神に帰るなりけり」

 童とは思えぬ落ち着いた声だった。肌感覚ではあるが、清涼な風が吹き抜けたようにも感じられる。

 「父上、母上。私は奥津城に『翁』の号を刻まぬ覚悟で、命を惜しまず大殿様にお仕えいたします」

 誓いの後、童とは思えぬ声で祝詞を奏上してから鎮魂の笛を吹いた。

 (片倉景重どの……小十郎どのと同じく、遠慮の人生を歩まれたか)

 小十郎と同じく、家を継ぐ兄に遠慮して自ら家督争いを降り、神職についた者。

 もしも伊達家の先代の眼に留まっていたら、どれだけの武功を挙げたのだろうか。それとも軍師としてその才を如何なく発揮したのだろうか。

 同じ環境に生まれても、めぐり合わせひとつで運命が定まってしまう。それが武家というものだと片づけてしまうのも釈然としないのだが。

 神道の心得のない遠藤は、奥津城に武士の礼をして敬意を表した。

 小十郎の誓いを間違った方へ向かわせないように。ただ無闇やたらに命を投げ打つような武士には育てまいという決意をこめて。


 小十郎の誓いを、喜多はまた違った意味で受け止めていた。

 実家の成島八幡でも引き取られた先でも居場所を得ることがなかった弟に訪れた、これは千載一遇の機会なのだ。

 自分の思いとは対角にある環境で遠慮しながら生きて来た弟が、自分の力で居場所を勝ち取れるかもしれない。大名の側に仕えるのだから、当然戦場に出る機会もあるだろう。何事にも命を惜しまない覚悟で取り組み、なおかつ手柄を立てなければ箸にも棒にも引っかからない。文字のとおり命をかけた出立なのだ。

 (もし、大殿様のお目にとまる程の才があの子にあれば……)

喜多の脳裏を、実父の鬼庭左月斎の顔がよぎった。次に、華やかな邸暮らしから突如追われた母の寂しそうな背中も。

 輝宗の父・晴宗と祖父の植宗が争った天文の乱では家臣団同志が敵味方に分かれて戦ったという。ときに家格が上の相手と干戈を交える戦いづらい環境下でまさに『鬼』の如く迷わず戦い、主君と仰いだ晴宗に勝利をもたらした功労者として家臣団での立場が上がったと聞く実父が小十郎を鍛えてくれたならば、小十郎の『奥津城に翁の名を刻まぬ』という覚悟は杞憂に終わるかもしれない。

 (いえ、過ぎたる野心は命を縮めるもの。厨番や庭仕事など、分相応なお役目をいただければそれで充分)

 喜多は自らの思いを心の中に押し込めた。

 そもそも今すぐ八幡を放って出仕する訳にもいかないし、そうするだけの覚悟も未だない。

 それに何より。これは米沢城へ行くと決めた弟の人生なのだ。

 漠然と八幡を切り盛りする日常しか見ていなかったが、自分は一体どうしたいのだろうか。

 母を追放した世界に、再び飛び込めるのだろうか。


(4)

 遠藤に連れられて米沢に入った小十郎は、まず伊達家臣団の新参者が必ず行う城内での雑役…厠や廊下の掃除、庭の雪かきに始まり、厨への糧食の運び入れなど雑用をこなす任に就いた。

 米沢城において、新入りの扱いに出自の差はないらしい。一月ほど後にお役目と同時進行で始まる文武の予習や稽古は夜など空いた時間に行って良いが、大抵の者はあてがわれた大部屋に戻るや否や夜具に包まり眠りこけてしまう。上級武士の子弟には不慣れで過酷な任であった。

 しかし、これらは城で働く者すべてに対するいわば顔見せであり、それらの仕事ぶりは将来の扱いに少なからず関わってくるという。家格が最も高い一門の子弟だからと尊大な態度をとれば好感は下がり、反対に家格が低くても地方国衆の出であっても、周辺国から来た人質であっても誠実に雑役をこなす者は皆に歓迎される。

 まず城仕えの雑色や飯炊きらの目線で新参者をふるいにかけ、彼らからの評価によって今後の扱いが変わってくる事もあると遠藤は教えてくれた。

 しかし、これまで実家や養家で何でもこなしてきた小十郎にとってこれらの仕事は雑役と呼ぶ程のものではない。同年代の家臣候補たちよりも手早く、多くの仕事を片付けて誰よりも早く主戦力になっていた。

 さらに市井で育ち、出羽三山で奉仕しながら多くのものを見聞きした小十郎は下働きの者達と話がよく合う。そこに神職ならではの考え方、仏教でいうところの法話のような哲学が織り込まれているので、ときには知識欲旺盛な若い武士達も話の輪に混ざって油を売ってしまい先達に叱られるような有様であった。

 だがそれは、見る目を養った先達から見てもけっして害ではない。

 「あの童は只者ではありませぬな。上下に厳しい伊達の武士ですら童の話に耳を傾けてしまう」

 「殿の肝いりで登用されたと聞いておりますが……殿の人を見る眼はまこと見事でございます。御子がご誕生なされた暁には、もしかしたら」

 「うむ。未来の殿をお支えし、新しい代を担う可能性も十二分にあるとみた。潰されぬよう育てていかねばならぬな」

 そんな評価が小十郎につき、それが城内にも広まりつつあったある夜。

 「おまえが片倉か」

 とうに役目についている若武者が大部屋を尋ねてきた。相当着込んだ鍛錬用の道着姿である。

 見るからに力がありそうな、がっしりとした体躯。どことなく見覚えのある、はっきりとした目鼻立ち。勢いを感じる佇まいに幼さを感じさせるのは、顎一面に貼りついた赤い黍(きび)のせいだろう。

自分からさほど遠くない年頃なのだろうかと面影をまさぐる間もなく、若武者は木刀を小十郎の鼻先に突きつけた。

 「俺は鬼庭左衛門という。おまえに手合わせを申し込みに来た」

 「鬼庭さま……」

 母・直子の、そして姉・喜多の旧姓。ならばこの若武者は喜多の縁者か。

 「ちょっと来い」

 結構強いと聞いているぞ、と有無を言わせぬ先達の圧力に引っ張られる形で道場に連れて行かれた小十郎は、拙速ながらも敬意をもって投げられた木刀を受け取らざるを得なかった。

 しかし小十郎はすぐに構えない。

 「では少しお待ちください。掛軸に燈明を用意します」

 「そんな必要はない」

 「香取の神と鹿嶋の神の御前でのお手合わせなのですから、礼を欠かす訳には参りません。夜分にお見届けいただくのですから猶更です」

 武道場に神棚を設ける習慣は、この頃にはまだ存在していない。しかし武士社会におけるあらゆる武術の祖といえる飯篠長威斎の香取神道流、そして香取神道流のうち剣技をさらに昇華させた剣豪・塚原卜伝翁が編み出した鹿嶋新當流の教えはこれからの剣術における主流になるとして全国で学ぶ者が増えつつある。

 鹿嶋の塚原翁はこの頃まだ存命であり、室町十三代将軍・足利義輝の師として剣術を指南したともいわれるが、それでも数多の武士にとっては神にも等しい存在であり、米沢城でも道場に香取・鹿島それぞれの大明神を記した掛軸が祀られていた。

 神職としてそれらの神々に失礼があってはならないという思いから小十郎が燈明を立てて丁寧に一礼する間、左衛門は苛々とそれを待っているばかりである。

 「お待たせしました」

 かの巌流島で伝説の決闘が行われたのは小十郎亡き後であるが、時代を俯瞰する者にとって小十郎の振舞いは宮本武蔵を彷彿とさせるであろう。待ちわびすぎて張り詰めた心にたるみが生じた左衛門を前に、小十郎は淡々と礼をすると木刀を構えた。

 「一本でよろしいでしょうか」

 「おう。互いに文句はなしだぞ」

 構えたままの姿勢で軽く膝を折って礼をする小十郎の膝が伸びきる前に、左衛門の突きが眼前に迫った。

 速い。

 小柄な小十郎がもう一度膝を折って躱すと、頭上を大風のような音が通り過ぎた。速さも威力も、以前不入斎に体験を勧められた時の相手とは段違いである。

 これが伊達の侍か。

 間髪を入れず迫る攻撃を避けながら、小十郎の胸にわずかな不安がよぎった。

 伊達家の家臣として名を挙げるには、このような猛者と切磋琢磨しながらのし上がっていかなければならないのだ。自分に為せるだろうか。

 だが、年長者の猛攻を目の前にしてこれだけの事を考えられるのは、それだけ余裕があるという事だと小十郎自身は意識していない。

 ただ攻撃を幾度か躱すうちに

 (猪だ)

 直感でそう思った。

 速さに任せてひたすら真っすぐ、突きと振り下ろしの威力は絶大だが『駆け引き』をしないのは敢えてなのか、それとも。

 小十郎は左衛門の振りを幾度か見定めると、まず木刀の切っ先を床すれすれに構えて左衛門を凝視した。剣術でいうなら『下段の構え』だ。

 そして突進してくる左衛門が小十郎の木刀の間合いに入った瞬間に下から思い切り振り上げる。

 「?」

 顎を上げて避けた左衛門に出来た一瞬の隙を逃さず懐に飛び込んだ小十郎は、弧を描いた木刀の回転を利用して束の先を左衛門の鳩尾に打ち込んだ。

 「なっ!」

 短いうめき声とともに、左衛門が膝をついた。ゴホゴホと咳こむ鼻先に木刀の切っ先を突きつけて

 「ありがとうございました」

 なるほど、動物の動きを思い起こせば落ち着いて戦える。口惜しさに顔を歪ませる左衛門を前に、小十郎は礼儀にのっとって一礼した。

 「……なるほど……」

 文句はなしと言い出した以上何も言えない左衛門も、姿勢を正して礼をする。

 「武芸はそこそこ出来るようだな……俺が乗り越えるべき壁がまた一つ増えたぞ」

 大きく息をついて立ち上がった左衛門は、まだ敵は多いなと呟いた。

 「俺は奥州で一番になりたいのだ。武芸も軍略も、すべてにおいて家臣団の頂点に立ってみせる。殿が天下をお獲りになるその側に鬼庭ありと言われたいのだ。そうして鬼庭の家格を上げ、家を繁栄させていくのが嫡男たる俺の使命」

 おまえはどうだ、と訊かれ、小十郎は困惑した。

 正直、そこまでして背負う家もなければ向上心も持ち合わせていなかった。命は惜しまないと口にしても、まだ家臣団の名簿の末尾にすら載っていない身。一兵卒として戦に出るくらいの感覚しか持ち合わせていない。

 「私は大殿様のお役に立てるのでしたらどのような事もいたします。私の力が及ぶ範囲で大殿様のお力になれればそれで……」

 「甘い!」

 左衛門は木刀でドンと床板を叩いた。

 「そんな志で上に行けると思ったら大間違いだ。仕える前から大殿のお気に入り、不入斎さまの後ろ盾という鳴り物入りで来たと聞くからどんな奴かと思ったら、とんだ甘ったれだ」

 そんな相手に敗れたのが口惜しいのだろう。左衛門は苛々と足指を震わせている。

 「謙虚や謙遜するふりをして相手に取り入る奴もいるし、仮に本当に謙虚だとしても、武士の社会でそれをすれば足元をすくわれるだけだ。ちょっと目立つ奴の足を引っ張りたがっている奴は山ほどいる」

 「あなたも含めて、でございますか?」

 「!!」

 小十郎は嫌味で言ったつもりではなかったのだが、左衛門の肩が小刻みに震え、顔はみるみるうちに真っ赤になっていった。

 「お、俺は!ただ強い新入りがいると聞いて手合わせしてみたかっただけだ!鬼庭家の家訓、正々堂々に泥を塗る真似はしない」

 ふん、と袴をひるがえし、左衛門は怒りを鎮めるためしばらく深呼吸を繰り返した。

 「とりあえず、俺が武芸で米沢一になるためにはおまえを倒さねばならぬ事は分かった。文も武も、ここじゃ力のない奴はどんどん脱落していく。が、そこで腐ってしまえばいざ戦となった時に役にも立てず犬死にだ。力を抜くなどもってのほか、足掻くのをやめたらそこで終わり。覚えておけ」

 「……肝に銘じます」

 小十郎は、手合わせの間に気づいた事を提案してみようと口を開いた。

 「左衛門さま。差し出がましいことですが……」

 「何だ」

 「私は左衛門さまの突きの速さに驚かされました。刀では勿体のうございます。間合いが長く、突きを存分に活かせる槍を得物になさってはいかがでしょう」

 「おまえに指図される謂れはない。俺は鬼庭左月の剣術を継ぐんだ」

 「……若輩者が出過ぎたことを申しました。今日はありがとうございました」

 怒りの足音で床をきしませ道場を出て行く左衛門の背を見送りながら、小十郎は無礼を働いてしまったかと反省した。

 武芸に長けるだけでは武士にはなれない。武士の矜持と、相対する者としての礼も学ばなければならない。処世術も必要かもしれないと課題を重ねていく。

 しかし、武家の処世術どころか、小十郎はまだ武士としての門を叩いたばかりなのだ。


 そうして半年ほどを城内の雑用と学問所で兵法の基本、武士としての基本的な知識や作法、伊達家の歴史や家格について学び、並行して道場で剣術の基本を叩き込まれた末に小十郎は晴れて小姓として国主の邸仕えを許された。

 一緒に鍛錬した者達は、親の後継として所領に戻る者、未来の奉行として書物管理の役目を授かる者、米沢城をはじめ伊達家が所有する各地の城の警護や一門衆の小姓、馬廻衆に配置される者など様々であった。

 それら人員の配置は家老衆が中心となって執り行ったようだが、たしかに見習い期間での成果が反映されているようだった。個人の適性を見抜く眼が確かなのだろう。残念ながらもう少し修練が必要な者は残留となり、伊達家臣団の一員として迎えられるまでとことん鍛えられる。

 彼らの中でも平民の出である小十郎の待遇は破格だった。国主の肝いりでの出仕という扱いが鳴り物にならぬよう努力はしたつもりだったが、やはり格上の家出身の者からの妬むような視線は背に刺さった。

 ここからが始まりなのだ。主の期待に応えるだけではいけない。文字どおり命を賭けて期待以上の働きをしなければならないのだ。自分のためではなく主のために。

 「小十郎よ、待っておったぞ」

 庭先に膝をついて頭を下げた小十郎を、輝宗夫妻は破顔して迎えた。臨月の東が侍女の介添えで落ち着く気配を待って小十郎は名乗りを上げた。

 「このたび、お邸仕えの任を仰せつかりました片倉小十郎にございます。殿と陸奥国のため、これから身命賭して精進いたしまする」

 「うむ。伊達家臣団の一員として、そして『若衆』として、さらなる働きを期待しておるぞ」

 「畏れ多きお言葉。忠義をもって殿のご期待にお応えいたします」

 「まあまあ、気楽になさいな。お腹の子ともども、そなたの笛を待ち焦がれておりましたのよ。さあ、早く聴かせてくださいな」

 「では、畏れながら」

 下働き期間には寝入った同僚を慮って笛は控えていたのだが、噂だけは届いていたのだろう。戸板ごし、襖の向こう、廊下の曲がり角、庭の端、至る所からの視線を浴びながら、小十郎は平常心と己に言い聞かせながら笛の包みを解く。

 静かな月夜に沸き立つ雲のように、笛の音色が館の庭から空へ抜けていった。数多の視線が、まったく空気を揺らすことなく笛の音に聞きほれているようである。

 一曲奏上したところで、東が嬉しそうに腹を撫でた。

 「やや児がよく動きまする。なんだか舞うように手足が動いているように感じられますわ」

 「それは重畳。子も小十郎の笛がたいそう気に入ったようじゃな」

 小十郎は黙って頭を下げ、もう一曲とせがんだ東に応えて今度は祭りで演奏される軽やかな曲を奏じた。

 東は「あらあらまあまあ」と腹を撫でてはしゃいでいる。

 「元気が良いやや児ですこと。やはり……」

 輝宗は東の笑顔に目を細め、小十郎に視線を移した。

 「実は東に子を授けた僧が先日また奥の夢に現れ、腹の子は男子だと告げたそうじゃ。その通りとあらば当然に伊達家の当主、陸奥国主となろう。じゃが、国主とは一人でなれるものではない」

 「……」

 「国主であるべき者は、仁、智、吏、勇。それら全てを身につけなければならぬ。無論師範は付けるが、机上で学ぶだけでは人格は育たぬのじゃ。最も良いのは、同じ年頃の友垣の中で切磋琢磨すること」

 だが、と輝宗は続けた。

 「これがまた難しゅうてのう。伊達の男子はみな捻くれておるようで、先祖代々親の言う事など聞きはしない性分を受け継いでおるようじゃ」

 儂のように、と輝宗は扇の先を自分の鼻先に向けた。冗談めかしていても主に対して笑うことなどできず、小十郎は曖昧な顔で応えるだけである。

 「捻くれ者にはその上を行く捻くれた智恵者が必要であろう。子が生まれ、読み書きを始める齢になったら、そなたも次期国主の近侍候補として共に手習い処や鍛錬場へ通ってもらう。遠慮は要らぬ、吾子が武に劣れば容赦なく叩きのめし、間違えた道に行きそうな時は友として厳しい事も言ってやってくれ。強き国主に育つことが、結果として伊達の存続にも繋がる」

 出仕早々とんでもない事を命じられた気がしたが、それよりもまず小十郎が気になったのは。

「あ、あの……私はかように捻くれておりますでしょうか」

 真顔で問い返した小十郎に、輝宗はぽかんとした。一瞬の間を置いた後、扇を口に当てて大笑いする。

 「捻くれ者というのは、戦の世では褒め言葉じゃ。たとえばそう……稀にこの地を吹き抜ける大風、いかに頑丈な塀すら倒してしまう大風を、『うこぎ』の垣根は容易くいなしてしまう。かような「しなやかさ」と「捻くれ」は紙一重なのじゃ」

 「はい……」

 こればかりは身をもって経験していくしかあるまい。輝宗はそう言って茶を飲みほした。東が夫の言葉を引き継ぐ。

 「それまでは不入斎どのにそなたを指導するよう命じております。次期国主の支えとなるよう、今から存分に励みなさい」

 「若君の支えに……私のような者には身に余るお話でございます」

 「神職にあった者なればこその考えや教えは、我々を絶対とする一門衆とは異なる説得力があろう。そなたがその力を伸ばして周囲に一目置かれれば誰も文句を言う者もいなくなるし、儂の顔も立つのだが。なに、将来は軍師となるも馬廻衆、あるいは御伽衆となるも、そなた次第じゃ。まずはいろいろと学び、その中で道筋を決めていくが良かろうて。しかし、儂の願いとしては……如何なる役目にあろうとも、そなたのような者が吾子の友であれば良いと思う」

 「……」

 主君の友となれるかどうかは相性もあるのでまだ分からぬが、自分に居場所を与えてくれた殿がそこまで自分を買ってくれているのならば。

 それに応えずしてどうなるというのだ。

 小十郎は覚悟を決めた。

 「承知いたしました。この小十郎の命、若殿のお役に立てるよう精一杯励みます」

 「よい答えじゃ。ではもう一曲、今度はこの笛で所望しようかの」

 これ、という輝宗の言葉とともに侍女が小十郎のもとに差し出したのは、紺色の袱紗の上に載せられた見事な設えの笛だった。

 「作者が『潮風』という銘をつけた品じゃ。吹いてみよ」

 「では」

 先輩の小姓を通して袱紗ごと潮風を受け取った小十郎は、まず潮風に一礼してから口許に運び、試しに軽く音を鳴らしてみる。

 道具が違うと、ここまで音色が重厚になるものなのだろうか。初めて触れた「本物」の力、そして笛自身が持つ力量を損なわないよう、自らの魂を吹き込んでいく。

 笛に失礼がないよう緊張しながら一曲奏でたところで、輝宗が扇を叩いて「見事」と褒めたたえた。

 「ふむ、名笛はやはり奏者を選ぶようじゃな。遥か北の松島を旅しておるような心持ちになった。潮風はそなたに遣わそう」

 「えっ?」

 「この笛が献上された際、殿は真っ先にそなたに遣わそうと決めておりましたのですよ」

 「で、ですが……このような」

 おそらく途方もない価値があるであろう品をいきなり授けられ、小十郎は「勿体のうございます」と笛を頭上に掲げて頭を下げる。

 「これ、主からの賜り物を拝辞するは無礼であるぞ」

 輝宗にたしなめられ、小十郎は肩をすぼめてひれ伏した。

 「あ……ありがたき幸せにございまする」

 「ははは、それで良い。美しい音色を奏でる者の心根は豊かなものじゃ。吾子が生まれるまでは東の腹を通して、そして吾子が生まれた後は直接その耳に聴かせてやってくれ」

 「はっ」

 「この米沢は山奥であるが、陸奥国は広い。松島まで行けば外海ともつながっておる。外海から船で都に上がることもできる。その広き国こそ、吾子が治める国じゃ」

 輝宗が扇子の先で指した闇の先には、天上をゆっくりと巡る月。夜半の冷えた風が抜ける時分からか、東はいつの間にか侍女たちと共に下がっていた。

 「そなたは、儂と吾子の二代にわたって仕える事になるのだ。武士の世の上辺だけを知っていてはいかぬ立場じゃ……解るな『若衆』よ?」

 (……来た)

 小十郎の身がわずかに固くなる。

 小姓の仕事がただの取次役でない事は、己の配属が決まった際に遠藤からそれとなく聞かされていた。閨事の仔細を聞いた時に仰天しなかったといえば嘘になる。

 だが、どうやら武士の世でそれは『たしなみ』らしい。城内を歩く者みなが避けて通れぬ通過儀礼のようなものであり、(小十郎は好ましく思わなかったが)相手によっては出世への近道にもなり得るのだと。

 「これから儂が教える事も、吾子に継いでもらわねばならぬ。己の身を守るための術じゃ……どうやら解っているようじゃな」

 小姓の『役目』を心得ていると見抜いたのか、輝宗は手のひらに扇を軽くぽんぽんと打った後、ずいと膝を進めて小十郎の顔を覗き込む。

 「しかし、そなたはまだ十の童じゃ。いずれ、な」

 「……は」

 覚悟は決めておけ、という事なのだろう。

 顔を上げた瞬間に月に青白く浮彫にされた輝宗の陰影を見た小十郎は、背筋がぞくぞくするのを感じた。

 数えで二十四歳、小十郎とは十四ほどしか違わない…喜多よりも少し年下の輝宗は、国主という立場になるべくして生まれて来たような圧倒的な存在感がある。全身からにじみ出るだけでない威圧感。それを醸し出している顔つきであった。

 大きな瞳と並行してくっきりと刻まれた瞼に、真っ直ぐな眉。顔の中心を貫く鼻筋。厚い唇。

 母の形見の絵巻で見た「光源氏」の面持ちとは大きく異なるが、戦場を駆ける姿がたいそう似合いそうな、見る者を惹きつけてやまない顔がそこにあった。

 (藤壺にかなわぬ恋をした光源氏)

 絵巻を繰る喜多の読み聞かせが、突如として脳裏を駆ける。顛末も覚えていないのだが、その言葉だけがふいに身近に思えて小十郎の胸の奥がざわめいた。

 (いやいや、これは『お役目』だ。勘違いしてはならない)

 何度もそう言い聞かせて心を落ち着ける。

 庭の隅でただ笛を吹いていれば良いと思って城の門をくぐったのだが、どうやらそうはいかないらしい。

 過大すぎる期待に改めて己の選択がいかに大それたものであったかを思い知ったのだが、もう遅い。

 既にこの邸が、輝宗の側が小十郎の居場所になってしまったのだから。


(5)

 「米沢の殿様に、お世継ぎがご誕生ですって」

 八幡の社に噂が届いたのは、秋の例大祭を控えた頃であった。

小十郎が出仕したのが春先のこと。元気でやっているだろうかと気をもんでいた喜多がまず思ったのは小十郎の事であった。

伊達家には、家格の序列がある。奉行より一段上席の評定衆として重用されている喜多の実父・鬼庭左月斎でさえ家臣団における家格の序列でいえば三十番目程度であったと記憶している。

小十郎を仕官させた遠藤不入斎の出自は市井の寺であるように、家格と国主の信は必ずしも一致していないのだが、不入斎のように武芸を見込まれて出世できた例はまだ珍しいだろう。どれだけの能力があっても、上に行くほど少なくなっていく席を争う足の引っ張り合いも少なくないことは想像に難くない。

 みな、自らと自らの一族の居場所を守るために必死なのだ。

 そんな中に小十郎が割って入れる場所があるのだろうか。奪い取る事が、小十郎に出来るのだろうか。

 八幡を預かる役目を投げ出して出仕という訳にはいかないが、ほんの僅かな用事でもいいから米沢城に上がって小十郎の息災をひとめ確かめたい。喜多の中で小十郎を案ずる気持ちが強まった頃。


 「悟ったから帰って来た」


 例大祭の直会の途中、芋粥や塩漬けの野菜を持ち寄って集った村人の輪に現れたのは、背丈が頭ひとつ伸びた小太郎であった。

 「おお、小太郎どの」

 村の長老が席を開けた場所に、小太郎は「よっこいしょ」と腰をおろす。八幡の巫女が慌てて出した粥を一気に飲み干して。

 「ああ、やっぱり故郷の飯は美味い……ああ、社も整って巫女も増えたようだな。礼を言うぞ、喜多」

 「いえ……」

 村の者は気づいていないだろうが、喜多は小太郎の姿に違和感を覚えていた。

 背は伸びたが、それだけで成長したと手放しで喜んではいけない気がする。出羽三山で五年ほど修行をしたという割には肩も脚も藁のように細く、頼りなげな印象は旅立つ前のままであるように見えた。

 体つきだけではない。顔も、修行を積んだ者のような険しさがないのだ。出羽を目指す途中で八幡に立ち寄る修験者たちを幾人も見てきたが、彼らとは明らかに違う。

 「小太郎どのは、出羽でどのような修行をなさっていたのです?」

 「うーん……一口で説明するのは難しいなあ」

 二膳目の粥を、今度は木匙でぱくつきながら。

 「八幡が安泰であるよう、置賜の代官と仲良くなっておいた。ちょっと祭り囃子を奏じたら、酒の肴にちょうど良いと仰られてな。行幸について回っていた」

 「ほう」

 権力のある者と近づく、神仏といえど支援する者があってこそである以上、それもたしかに処世術ではあるのだが。

 「修験者として険しい山を歩いたり、どこぞの庵で悟りを開いたというのはなかったのですか?」

 「ああ、最初の一年は山伏どのにくっついて山を巡っていたさ。でも、きりがないんだよな」

 「?」

 「如来さまだって菩薩になるために何千年も修行を重ねた。今も菩薩のもとで修行しているという。どんなに高名な修験者とて、その足元の蓮の根にだって触れられないまま行き倒れる姿を何度も見た……これじゃあ、いつまで経っても八幡に戻れないと思った」

 「つまり、『これでよし』とされた訳ですね」

 「神だってそうだ。もともと自然のものすべてに神が宿るという考えが始まりだったのだから、神通力だの何だのっていうのは結局ただの出任せだったんだよ。出羽三山じゃ、持ってなくとも『それっぽく』見せるだけで民を簡単に騙す奴ばかりだ。雨乞いをしてもしなくても、十日も待てば雨は降る。どんな雨だって三日もすれば過ぎていく。自然の力に乗っかって祈祷しているだけで民の願いは聞き届けられるんだ。弘法大師が弘法大師たり得たのは、修行するうちに雲や風から天候を読む力を身に付けたり、地形から水脈を想像して井戸の場所を当てたり、己の経験を法力とか神通力とか呼んだからなんだよ。大陸から渡来した仏教を布教してなんぼの時代、宣伝が上手だったんだ」

 うそっぱちだ、と小太郎は見透かした顔でうそぶいた。

 「流行病だってそうだ。父上と母上が命を落とすまで祈祷しても、結局最後に解決してくれたのは時間だった」

 「小太郎どの、言葉が過ぎますよ」

 村人の戸惑う顔を見て喜多がたしなめた事で、小太郎は「あ」と頭をかいた。

 「……なんて事を言ってた行者もいたっけな。言い返せなかったから、俺なりにいろいろ考えながら旅をしていた」

 「どのような結論を?」

 「俺は自分が弘法大師みたいになれるとは思えない。いんちきも好きじゃない。だから今後は一人の神職として神が宿る自然を讃え、天からの恵みに感謝し、里が困った時には力を借りられるよう祈る」

 つまり修行はあまり意味をなさなかったという事だ。

 小太郎の性分を思えば、べつに落胆する程ではない。ただ、この結果を得るために養子に出された小十郎が不憫であった。

 「小太郎どの。天照皇大神は信じる心を持つ者の願いをお聞き届けくださるのです。無論、どのようにしても叶わぬものもありましょう。そこは己の力を尽くして乗り越えねばなりませぬ。村の皆さんを守る鎮守として働き、皆さんの願いが叶うよう働くのが神職なのですよ」

 「もちろんお天道さまは信じるさ。村が栄えるのは親父の願いだったからな。勿論、この八幡も」

 なあ、と小太郎は喜多に詰め寄った。

 「鎮守の森を守りたいのなら跡取りも考えなきゃならないし。な、喜多」

 「は?」

 「代官から娘婿にって乞われたから、『俺には故郷に許嫁がいます』と言って逃げて来た。八幡をそっちに移すとまで言ってくれたんだが、さすがに親から受け継いだものを放り出す訳にはいかないし。……こういうところ、俺は義理堅いんだ」

 「許嫁?」

 「おまえに決まっているだろう。おまえも三十路だし、世継ぎのこともある。時間はないと思ったんだ」

 小太郎が喜多の肩に触れた瞬間村人はどっと歓声をあげたが、喜多は大きく肩を落とした。

 身体は大きくなったが、物事に対する危機感がない…いつでも逃げ道が用意されているという安心感にもたれかかって育つとこうなるのか。

 この有様では、修行も早々に投げ出して代官にくっついて回っていたのだろう。それでは修験者ではなく風来坊である。

 (では、わたくしも逃げ道を使うとしましょうか)

 喜多は心を決めた。

 「小太郎どのが戻られて、わたくしも安堵いたしました。ようやく心が決まりましたわ」

 「本当?」

 肩を引き寄せようとする手を、するりと払って居住まいを正す。久方ぶりの、武家の姫としての作法だった。

 「小太郎どのの留守中に、米沢のお城からお声がかかりましたの。八幡を預かるためお返事を保留しておりましたが、小太郎どのがお務めに復帰なさるのでしたら何の憂いもございませぬ。わたくしは出仕いたします」

 「えっ?」

 「ああ、預かっていた巫女たちのうち、嫁ぎ先が決まっていない子は連れて行きますね。読み書きや作法はわたくしが教えましたし、よく働く子たちばかりなのできっと重宝がられる事でしょう」

 「だって俺たち許嫁だろう?約定を破るなんて」

 「あら?いつ小太郎どのとわたくしが許嫁になりましたかしら」

 「いや、ほら、親の期待とか周りの雰囲気とかさ……」

 「片倉の義父上さまからも、わたくしの母からも、そのような話はとんと聞いておりませぬ」

 「だって、ずっと一緒に育ったじゃないか」

 「たしかに義理のきょうだいですが、わたくしの心の中ではそれ以上でも以下でもございませんでした」

 「そんなあ……子を産める齢だってあるだろうに」

 「子を為すだけがおなごの幸せではございませぬ。わたくしは、己が心のままに生きてゆくのが幸せと心得ておりますれば」

 おろおろする村人…おそらくは小太郎と同じ成り行きを願っていたと思われる彼らを動揺させてしまった事は詫びなければならない。喜多は彼らの方を向いてにっこりと微笑む。

 「秋の例祭というおめでたい日に、村の皆様の前でこのようなご報告が出来て良うございました。かような事に相成り、わたくしはお城でのお務めに励むこととなりました。皆様にも、たいへんお世話になりました。どうかお元気で」

 丁寧に頭を下げると、「では」と袴の裾を捌いて一足先に社に引き上げた。

 一応の釘は差したが、小太郎が次に考えている事は容易に想像がつく。対策を講じておかなければならない。


 その夜、女所帯の八幡の寝屋に忍び込んだ男がいたが、戸板の裏に潜んでいた喜多がすぐさま薙刀で応戦して男の脛を峰打ちに、胴は柄でしたたか打ち付けて追い返した。

 翌日、社の隅で小太郎が「痛い痛い」とうめきながら一日じゅう転げ回っていたが、喜多は敢えて無視してそのまま放っておいたのだった。


(つづく)

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