わたしたちの国
コロナウィルスの感染が世界中で流行する前、
今よりも自由に人々が出掛けていた頃の話です。
仕事帰りの4月。
車窓から夕陽が差し込んでくる時刻でした。
吊革に軽くつかまり、
窓の外を流れるソメイヨシノを眺めていました。
斜め前の席には、指をあやつって会話をする二人連れがいます。
手話の指の動きに、音楽的な響きを感じた
そんなくだりのあった小説を、ぼんやりと思い出します。
テンポのよい指の動きから、話に夢中なのが見てとれます。
二人は今日、どこへ出掛け、どんな景色を見たのでしょう。
光や風を受けながら、どんな言葉を指で現したのでしょう。
勝手に想像を広げます。
わたしがいつも使っている言葉
そればかりがこの国の言葉では、ありませんでした。
わたしの知らない言葉
それもあってこそ、この国の今日という日なのでした。
かろやかに春風はじく手話の指 梨鱗
夕永し手話のふたりを眺むる象