【俳句】凌霄花
#1
獣病院の近くに住んでいた。
棕櫚が、その前庭に三本並んでいた。
左の最も丈の低い棕櫚に、凌霄花が巻きついて
真夏には溢れるほどの花と葉が、幹を覆い尽くす。
蔓は、風のない日でも揺れているように見えてならない。
そのうち獣病院から聞こえてくる獣たちの啼き声と
揺れうごく蔓に、何かしらの因果関係があるように思えてきた。
たしかに夕暮れ時など、朱色の厚い花弁だとか
花弁の奥の洞だとかが人ならぬ、しかし
人めいたものの顔に見えなくもなかった。
ある年、棕櫚の新しい葉がその頂きから芽吹いてこなかった。
凌霄花に縛られたまま、夏には黒ずんだ枯木と化してしまった。
蔓が、中央の最も高い棕櫚へと戦いでいる。
#2
水辺のちかくに住んでいる。
樹々に覆われ、日のある時刻でも流れる水は暗い。
もうとっくに散ったはずの花の匂いが、流れてくる。
何年か前にこの小川で死んでいた真鯉、横たえた腹がやけに赤かった。
その色が一瞬、水面に浮かび、下流へと消える。
夕暮れ時だというのに、空は時間を喪ったような灰色だ。
疑わぬ、というのは実はおそろしい。
つぎつぎと花を咲かせる凌霄花が、つぎつぎと花を棄てていく。