【俳句とエッセイ】ゆき・はげし
雪のすくない町で育ったせいか
降る雪にじっと見入ってしまう癖があります。
もうずっと以前の、ある年のこと。
N県の小さな町で、一冬を過ごしたことがありました。
「この町は、県内では積雪の少ない方だよ」
地元の人はそう言いましたが
ところがどうして
いったん降りだすと、雪が雪を呼ぶかのように
視界は掻き暮れ、あれよあれよと積もるのです。
(これが少ない方なのかあ……。)
脚ふかくをザクザクと雪に埋めながら
灰色の景色のなかを歩いています。
どの家も、雪にまるごと覆われて
どこまでが屋根か、
どこからが壁かも、わからないほど。
おおきな白い獣が、吹雪のなかにうずくまっているようで
窓明かりは、さながら雪の行方を見つめる目のようです。
その獣の一つが、冬のあいだのぼくの仮の住まいでした。
「雪なんて、うんざり」
会う人ごとに、気楽そうに笑っていましたが
こころの何処かでは、風に右往左往する雪の奥処に
吸い込まれてしまいそうな危うさを感じていました。
どの町の、どの屋根の下に住んでも
そこが、じぶんの落ち着き先ではない感覚。
雪の町に一冬、
気まぐれそうにいついたのも
この気質がしむけた仕業でしょうか。
そんな空虚をかかえながら、
雪に閉じ込められた時間と体に
一抹の安堵を感じてもいた。
今となっては
あの乏しい明かりのような、ささやかな安堵が
手元にのこった確かな記憶なのでした。