同じで違って同じもの #月刊撚り糸
空が泣いている。
その表現は昔、ある男の人が彼女に教えてくれたものだった。
——なんて、夢物語が現実だったらいいのに。
今日花(きょうか)はほうとため息をついた。空が泣いている、という表現を彼女に教えたのはなにかの本で、それがいったいなんの本でだれが書いたものなのか、彼女はもう覚えていない。
忘れられているからこそ夢がある、ようでない。そんな言葉を胸に抱えて、今日花は四角い窓の外を眺める。時雨。日本の雨を表す言葉は美しい、と思う。
「きょーうかっ」
どん、と衝撃が今日花の背中を襲って、彼女はぐっと顔を顰めた。
「明日葉(あすは)! やめてよ危ない」
「えへへー。今日花のほうが危ないよん。心が雨の向こうに行ってるもん」
にへら、とふざけた顔をして笑うその顔は、今日花と瓜二つである。知らない人が見たら——否、知っている人であっても、黙っている彼女たちの区別をつけることはできない。
今日花と明日葉は一卵性双生児である。遺伝子がまったく同じである彼女たちはなにもかもがそっくり同じで、それに反抗するかのように違っていった性格さえ、芯はそっくりであるという有様なのだ。16歳という多感な時期においての唯一の救いは、別の高校に通っていることだった。それはそれで、双子ちゃん見たーいだなんて友達から言われたりするのだけれど。
「もう。明日葉のせいで気分台無し」
今日花は憮然としてカーテンを引いた。同じ景色を眺めて同じことを思うのは自分だけでいい、そんな防衛本能だった。
「えー、独り占めしなくたっていいじゃーん」
明日葉は容易く——本当にいとも容易く——、今日花の感性を読む。否、きっと同じ感性をしているのだからおあいこか。そうは思うけれども釈然としない。けれどきっと明日葉も同じことを考えているのだろうと思う。形は違うかもしれないけれど。
無理矢理カーテンを開こうとした明日葉の手を押さえて、今日花は言う。
「明後日は雨だって」
ぱっと振り向く明日葉の目。今日花と同じ色合いの、同じ形の目。その目が三日月のように笑む。
「「だから明後日、一緒にみよう」」
言葉を重ね、同時に笑い出す。ふたりともカーテンに手をかけたままで。
ふたりは同じだ。違う人間であるけれども、それでもいやというほど、どうしようもなく同じだ。似ていないふたりになりたいと、かつてそう願ったこともあるけれど、その願いが不自然なほどに、彼女たちは同じだ。
時雨は続く。明後日も、時雨はきっとやって来て、双子を雨の向こうに運ぶ。
【つづく(かもしれない)】