明けまして #月刊撚り糸
本当に何年振りかで、年賀状を出すことにした。実家にいた頃は両親が毎年用意するのに便乗していたものだが、ここ数年は喪が続いたこともあって姿を見ることもなかった。
寒空の下、郵便局の外に張ったテントではがきを売るお兄さんから、三十枚ほどを買い取る。パソコンのソフトを使ってデザインを作り、はがきに印刷した。自宅の小型プリンターから吐き出されるそれらを見ながら思う。出す相手は三十人もいないのに、こんなにたくさんあってどうしようか。
脳裏に、久しく連絡を取っていない友人知人の姿が浮かぶ。皆、近況をSNSの中で知るだけのバーチャルな付き合いだ。
がったんがたん、という機械音をBGMにしながら、なんとなく祝いたいような気持ちになって白ワインをグラスに注いだ。黄みがかった淡い色合いが透明なガラスの奥で揺れる。それだけで優雅な気持ちになれる年末を、なんとなく名残惜しく思った。
機械音の先に生み出されたものがそれぞれの宛先に届く頃には、もう既に新しい年が始まっているのだろう。数字が変わるだけ、暦が変わるだけで、季節も街並みも同じだというのに、あまりにも変わったように思われる世界が。変化のきっかけはあまりにも些細なものごとで、これはそのひとつなのだろう。
この文字が届く頃もまた。
――新年明けましておめでとう。
――お元気ですか。
印字した、未来に宛てた言葉が酔いで微かに揺らめく。
――元気ですよ。ありがとう。
ひとり、脳内で返事を送る。
あなたからの返事を待つことはしないけれどそれでもきかせてください、と願いにも似た許しを乞う。
――お元気ですか。わたしは元気です。
ぽつり、とワインよりも透明な液体が頬を伝って落ちた。あまりにゆっくりと変わったあなたとわたしに区切りをつけるなら、このはがきが運ばれるタイミングが、きっとちょうどいいのだと思う。変化のきっかけはあまりにも些細なものごとで、これはそのひとつなのだから。
それでも時折は、祝い酒をあげながら心の内で問い掛けるのを許してほしいというのが、正直なところ。
――お元気ですか。
あっさりとした未練を掲げて、もう会わない、あなたに乾杯。
【完】
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