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三節 何で誰も起こしてくれなかったん?
幼稚園児の頃、僕は体操クラブに入っていた。
幼少の頃から自分は活発な方ではなかったので、クラブに入る事で少しでも日々を元気に過ごして欲しいという願いと、また、それに加えて、色々な体験をさせる為に、母がクラブに入れたのだ。
クラブの内容は、マットの上で前転をしたり、側転をしたり、鉄棒をしたり、なわとびをしたりと比較的簡単なものではあった。
そして、そのクラブの終わりには、なわとびをきちんと結べた人から並ぶという決まりがあったのだが、僕はなかなかうまく結ぶことが出来ず、いつもいつも、列の最後に並んでいたのを覚えている。
結べない自分を見るみんなの視線、保護者たちの視線が痛かった。その視線に耐えられず、クラブの晩年には、結ぶふりをしていた。
ずるい人間である。
さて、クラブに入ってから半年ほど経過し、季節は夏。そのクラブは近くの川で合宿を開催すると保護者に通達した。川で遊び、動物と触れ合い、BBQをし、木彫りで笛を作ろうという合宿だ。
特に母に合宿に行こうとか聞かされた覚えはなく、自然な流れで、行くことになってるんだな、川遊びとかはともかく、笛作り体験は楽しみだな程度の認識で合宿へ行った。
合宿当日、親元を離れる不安も抱えつつ、笛作り体験に心躍らせ、バスに乗車した。普段乗るバスとは違う、青くてザラザラした質感のシートだった。中はエアコンが効いてひんやりしていて、むしろ寒いくらいだった。
窓からは普段見ないような緑の景色が広がっていた。
無事に到着し、さっそく川で遊ぶ。
川は幼稚園児の足首ほどしかない、すごく浅い川だったので、特に厳しく先生が着いて回るということも無く、各々友達と自由に遊んでよかった。
川で遊び終え、着替えて、次はみんなで動物のいるエリアに向かう。場所がどこなのか今でもハッキリしていないのだが、何故か近くに動物がいた。
そして、向かうとそこには、普通に人が歩く道に、大きな陸亀がいた。のしのしと悠然と、歩いていた。
みんなで、亀さんだー!大っきい!なんて言いながらぺたぺたと甲羅に触ったりした。
そうした中で、前の男子3人が、亀の前に立ち、亀の進路を塞ぐイタズラをした。
それをみた僕は、ほんとうに何の気なしに、彼らの真似をして亀の前に立ち、亀の進路を塞いでみた。なぜ真似をしたのかはわからない。
ここで悲劇が起きる。
「こらっ!」
先生に見つかり、怒られてしまった!
両のほっぺをつねられ、そしてそのまま軽く持ち上げられた。やってしまった!
YouTuberのセイ○ンさんに似た顔つきの先生だった。
パニックだった。というのも、怒られたのは僕だけで、前の3人はお咎めなしだったからだ。
タイミング悪く、僕だけが亀へイタズラしてる所を見られたのだ。
元々イタズラをしていた3人は、こちらをチラリと見た後に、怒られてやんのと言わんばかりの表情を見せたあと、そそくさと去っていった。
こうして僕のみが、容疑者としてほっぺたを釣り上げられるという刑を執行されていた。
しかし、自分が悪いのは承知だが、どうして自分だけ?という思いが溢れでてしまい、それからずっと泣いてしまった。
まだ齢4歳だ。前の3人もしてました、どうして自分だけなんですか、なんて言える訳もなく、ただただ困惑し悲しさで泣いていた。
この涙には、なんで亀さんの進路を塞ぐなんてことをしてしまったんだろうという懺悔も含まれていた。はずだ。
そして、スケジュール通り、動物を見た後にはBBQがあったのだが、永遠に泣いていたので食べることも出来なかった。
いや、唯一、焦げた玉ねぎだけ口に含んだ記憶がある。
BBQ中に泣いてる間、新人と思われるインストラクターのお兄さんだけが寄り添ってくれていた。今にして思えばすごく困った顔をしていた。
申し訳ない。
BBQが終わり、みんなで寝る為の大部屋に移動してからもずっと泣き続け、そして泣き疲れ果てて、その日は眠りについた。(お風呂に入った記憶はない)
しかし、ここからさらに追い討ちの悲劇が起きる。
(これがトラウマになり、後々ある小学校での自然教室や、修学旅行がすこし怖くなる)
朝、目を覚ますと、他の人たちの布団がない!
というか、誰一人いない!!!!
大部屋に自分一人だけがぽつんといた。
またもやパニック。
なんで誰も起こしてくれなかったん!?!?
次の日は起こしません、きちんと自分で起きましょう的なルールも特に無かったはずなのに…。
急いで皆のいるところを探した。
今日は笛を作るはずだ、みんなどこ行ったんだ。
ようやくざわざわしている場所を見つけ、半分泣きながらドアを開けた。
瞬間、
「歯磨きは!!!!歯磨きしてきなさい!!!」
1人置いてけぼりにされて、いきなりまた怒られてしまった。
もう号泣よ、意味わかんないもん…。
泣きながら歯磨きをして、また皆のいる笛作り体験の場へ向かうと、とうにみんなは笛を作り終えていた。
また号泣。笛作り、唯一楽しみにしてたのに…。僕だけが笛を作れなかった…と言う悲しさで。
さすがに可哀想と思われたのか、笛作りを教えていたスタッフの方から完成品をいただいた。
嬉しいけど複雑だった。
帰りのバスの中では、悲しい気持ちを抑え、泣かないように集中し、ただずっと貰った笛を見つめていた。
そんな自分とは対照的に、みんなは嬉しそうにバスの中で自分の作った笛を鳴らしている。
笛の音色は、とても綺麗なはずなのに、自分には酷く悲しい音のように思えた。
あれから20年近くたった現在でも、この時に聞いた笛の音を忘れることは無い。
きっとこれからも忘れることは無いだろう。
第一章 三節 完