The Childs in The Dales
“哎呀”
真冬のイングランド北部、Yorkshire Dalesを散策中に聞こえてきたこの言葉に私は耳を疑った。
周りを見渡してみても、そこにいるのは何十匹かの羊と、この地域で生まれ育ったYorkshire manのSteve、彼のカナダ人パートナーKimしかいない。
なぜ、私は親世代であるこのカップルとYorkshire Dalesの丘の上を歩いているのか。
発端は、UKに到着して1週間経ったかどうかのときのことだった。
“You can come home with me and spend Christmas with my stupid family.”
というあまりにクリシェなLaurenの言葉に、渡英前にUKを舞台にした映画を観まくっていた私は舞い上がった。
修士課程のコースメイトであり、同じ建物に住むLaurenは、なんとYorkshire Dalesに実家があるのだ。
私がこのクリスマス休暇中にLaurenの3親等先まで含めた親戚一同に会うことになることは、この時はまだ知らない。
見渡す限りの丘、氷河期にできたという石灰岩を積み上げて造られた、道の両側に続くdry stone wallと石造りの家屋が特徴的なこの地域は、最寄りのスーパーマーケットまで徒歩2時間近く。
200世帯ほどが住まうらしいが、Laurenママの弟と、Laurenパパの妹が夫婦という、そんな小さなコミュニティである。
Lauren自身がこの村から出て理論物理を学んでいることからもわかるように、特別閉じたコミュニティであるとかそういう感じはしなかった。
Laurenは10代の頃に父親を亡くしているのだが、Laurenママにはボーイフレンドがおり、彼の子どもたちも交えて、30kmほど離れたところにある1番近い街の、インド系の人たちが経営しているレストランでディナーをしたりもした。
当時の私にはこのボーイフレンドという呼称も、みんな一緒に食事をしているこの状況も、全て大きなカルチャーショックだった。
私がYorkshire Dalesで出会った人々は、大半が今もその地域に住む人たちで、アクセントの少ないネイティブ話者との会話がやっとだった当時の私は、地元の人たちの言ってることはほとんど雰囲気で聞きとっていた笑
Yorkshireは他の地域の英国人でも聞き取れないことがあるような、独特のアクセントでも有名なのだ。UKにはそういう地域がいくつかあって、というかそもそもUKは4つの"国"から成り立っていて、移民で人種的に多様になる前から、多様なアクセントが存在していた。
Laurenママが運営するサロンのクリスマスディナー(アフタヌーンティー)にまで連れていってもらったが、全く会話に入れなかったことは今も覚えている。そんな私にも、速度を落として話しかけてくれる優しい人もいた。この地域に来るのは初めて?なんて聞いてくれて、本当に綺麗な場所ですね、と私がいうと、私たちはもう見慣れちゃってappreciateしなくなっちゃったのよ、なんて言っていた。
そんな中、村にひとつだけあるパブで、クリスマスイブに合流したのがKimとSteveだった。
Steveはこの地域で生まれ育ったが、飛行機のエンジニアになり、いろいろな国に住んできた。私が出会った時には既に香港に18年住んでおり、なんとその前は2年間ほど成田で働いていたこともあったらしい。Kimは英語とフランス語を教える資格を持っているので、Steveのいく先々で語学の先生をしていた。
2人は中国語こそ話さないものの、訛りが弱く私にとって聞き取りやすい英語を話すので、すごく安心できる存在だった。なんだか本当の親戚のように馬も合って、そこから数日間、3〜4時間に渡るハイキングに始まり、朝一番に1時間かけて歩いていった隣の村のファーム横のティールームでのfull English breakfast、ハリーポッターの撮影にも使われたviaduct(汽車が通る橋)周辺へのドライブ、1番近い街での観光などなど、2人の滞在中の1週間、毎日のようにどこかへ連れ回してくれた。
そんな中、突如聞こえてきた
“哎呀”
のひと言。
声の正体は、羊も認めるYorkshire man、Steveでしたとさ。
その地の言語を話さなくても、住んでいると身につく口癖みたいなのってあるよね。
彼らが旅立った後も1週間ほどLaurenのお家にお邪魔していたけれど、正直めっちゃ淋しかった。時々いるよね、クリックする人たちって。
なんだかしばらく会っていない北京や桂林の自分自身の親戚たちを思い出したりして、Yorkshire Dalesの丘に囲まれてこんな気持ちになるなんて思ってもみなかった、そんなヨーロッパで初めてのクリスマスだった。
日本で初めて過ごしたクリスマス、保育園で先生にサンタさん来た?と聞かれて、来てないと答えて場を凍りつかせた(?)ほどクリスマスとは無縁な文化の中で育った私にとって、Yorkshire Dalesで過ごしたクリスマスこそが、クリスマスそのものとしてこれからも記憶に残っていくのだろう。
濃霧も、雪も、快晴も、朝の霜も、全部全部美しい冬のYorkshire Dales。
後日、Laurenからmy family really like you. と聞いて嬉しかったなあ。
そして、翌年のクリスマス、再びお呼ばれしてSteveやKimとも再会。
私はもうホームがどこかもわからず、もはやホームシックを感じることもないのだが、あの地で心暖まる時間を過ごした後は、決まってなんだかホームシックみたいな気持ちになるのだった。
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