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#41 遠い星で、また会おう。

※この作品は、フィクションです。



 母さんは外泊を終えて、また入院した。別にいつものことだし、別に普通。いつも通りの日常が戻ってくるだけ。伯母さんが定期的に食事を作りに来てくれるようになったことに、甘えることにした。もう、余計なことは考えずに、自分にできることだけをやろうと思った。

 それでも、勉強に集中することはできずにいた。家事をして、寝不足で、イライラしていて、それでも一人で頑張っていた時期の方が、一生懸命になれた。今の生活は、とても甘えているように感じていた。こんなに甘やかされていいものか。疑問しかなかった。それを集中できていない言い訳にしてしまっていることにも、嫌気がさした。


 ある日、伯母さんが料理を作りに、家にやってきた。材料を買った袋を抱えて、台所からトントンと心地よいリズムが聞こえる。カレーのいい匂いがする。

 「ごはん、ありがとうね。」

 「そこ、おやつ用意してるから、お腹空いてるなら、そっちを先に食べなさい。」

 「ありがとう。でも、お腹すいてないから、晩御飯まで待つよ。」

 「そう。それならいいわ。」

 リビングのテーブルの上には、無造作に煎餅の袋が置いてある。俺は、部屋で着替えを済ませてリビングに戻り、宿題を広げた。同じ空間に慣れていない人がいると、「ちゃんとしなきゃ」と意識出来て、いつもより少しだけ集中できた。

 伯母さんは、料理を作り終えたのか、俺の目の前に座り、煎餅の袋を開けて食べ始めた。俺の課題を見て「難しいことしてるのね。」「K高はやっぱりレベルが高いのね」とかなんとかベラベラとしゃべっている。俺は適当に相槌を打って、勉強に集中していた。

 「そういえば、あんた、お父さんと連絡取ってるの?」

 唐突にそう言われて、シャーペンを止めた。

 「…いや、取ってないよ。なんで?」

 「いや、連絡が取れればいいな、と思って。」

 「なんで?」

 「実はね、離婚した時に毎月養育費をもらうことになってたのに、お父さん、今まで一回も払ったことないのよ。離婚調停までして決めたのに、トンズラ。ひどいと思わない?」

 「そうだったんだ…。」

 「洋介はもう高校生になったから言っちゃうけど、お父さん、お母さんに暴力振るったりお金を使わせなかったりって、ひどい男だったのよ。それで、お母さんが耐えかねて離婚したの。あんたたち二人をどっちが引き取るかってなった時に『子どもは母親と一緒にいるのがいい』って言ってきてね。でも、お母さん、専業主婦だったでしょ? だから、お父さんのところに引き取ってもらわった方が、お金に困らないだろうから、お父さんのところにって話してたのよ。そしたら『毎月養育費を払う』って約束したのよ。それなのに、お金も払わない、連絡しても出ない。ひどいと思わない? ホント、ダメ男よ。あんなダメ男と結婚した伸子もそうだけどね。」

 それから、伯母さんは父さんの悪口をひたすら言い続けて、「あ、帰らないといけない時間だから。」と言い残してさっさと帰ってしまった。

 静まり返った部屋の電灯から、チリチリと音がする。母さんは、俺たち二人を父さんに預けようとしていた。だけど、父さんはお金を払う条件でそれを断った。そのお金は払われていない。結局、俺ら二人は、母さんに「押し付けられた」んだと理解した。そんなこと、知らなかった。

 だけど、涙は出なかった。悲しみを通り越して、ただ呆れた。俺ら二人は、父さんにとっても母さんにとっても「いらない子」だった。お荷物だった。大の大人二人が、我が子に責任を取れないと言い張って、お金のやり取りで解決しようとして、それも結局うやむやのまま。親は、とても偉大な存在だと思っていたけれど、実はそうではなかった。父さんも母さんも、ダメなやつだったんだ。そんな人のために、俺らが何かしてあげる必要があるのだろうか? 

 確かに、母さんはとても大変な状況で俺らを育ててくれた。でも、そのいきさつを聞いてしまうと、本気で「自分たちだけで生きていかなきゃ」と思った。そのためには、俺が死んだら、浩介は生きられないだろう。やはり、俺がしっかりしなきゃいけないんだ。

 でも、特に悲しみとか怒りとか、そういう感覚が分からなくなっていた。



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この物語は、著者の半生を脚色したものです。

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