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#36 遠い星で、また会おう。

※この作品は、フィクションです。




 「精神科で入院している、山元伸子の息子です。面会に来ました。いいですか?」

 受付に、そう言って、面会を申し出た。「そちらでお待ちください。」と言われたので、大きめの椅子に座って周りを眺める。受付のお姉さんは、受話器を取って、どこかと連絡を取っている。

 俺の周りには、他の受診患者らしき人が大勢いた。比較的、老人が多いように感じた。若い女の人もいるし、スーツを着た男性も座っている。精神科って、結構需要があるんだな。

 受付のお姉さんから「面会の許可が出ましたので、ご案内しましょうか?」と言われたが、「場所、知っているので、自分で行きます。」と言って断った。

 二重扉をくぐって、すぐ手前の小さな面接室のようなところに通された。白い壁に、一枚、花の絵が飾ってあるだけの殺風景な部屋だ。しばらくすると、母さんが入って来た。血色はあまりいいような感じはしない。というか、これがいつもの状態。腕には、傷を隠すためなのか、大袈裟に包帯が巻いてある。むしろ、その方がリスカしたことがはっきりわかってしまうんじゃない?と思えるほどだった。

 「今日、来る予定だったっけ?」

 「いや、時間があったから、来てみただけ。」

 「そうなの。看護師さんから、『面会の予定、ちゃんと連絡するように』って注意されちゃった。今度から連絡して。」

 「わかった。ごめん。」

 母さんは、そこから、病院の愚痴を言い始めた。看護師にすぐに注意される。同室の女の人の話し声が大きい。食事が沢山食べられないのに、ちゃんと食べろと言われる。薬の量が増えて、体調が悪い。先生が、薬の量を減らしてくれない。

 そんなどうでもいい話ばかり聞かされて、うんざりしていた。俺は、聞きたいことがあって来ただけだった。

 「で、母さんは、次いつ家に戻ってくるの?」

 「それなんだけど、今回の入院は少し長くなりそうだって。」

 「そっか。」

 「でも、今、外泊をお願いしてる。」

 「その時は、迎え、いるの?」

 「実はね、母さん、加代子姉ちゃんに連絡したの。それで、迎えに来てもらえる時に外泊しようと思ってるの。」

 「加代子伯母さんに連絡したんだ。それなら、俺の迎えはいらないね。」

 「ごめんね、いつも。とりあえず、お母さん、あんたたちに迷惑かけないようにするから。」

 「別に迷惑とか、何もないけど。」

 「まあ、お母さんは自分でするから。ちゃんと食べて、寝て、学校に行くのよ。面会も、無理してくる必要ないからね。」

 「わかった。」

 母さんは、弱々しく話していた。自分でやると言ったけれど、自分でできるほど余力がある様にも見えなかった。俺は、「体に気を付けて」と母さんに伝えて、病院を後にした。


 俺は、担任からも、母さんからも「ちゃんと寝て、ちゃんと食え。」と言われた。けれど、それが一番苦しい言葉だった。

 言うのはタダかもしれない。でも、俺がそうしていたら、誰が家を片づける?誰が浩介の面倒を見る?自分の面倒を見ることができていない俺が偉そうに言えたもんじゃないけれど、俺は、ちゃんとしているし、頑張っている。自分のことをないがしろにしても、家族のために頑張っている。なのに、「自分を大切にしなさい」だってさ。俺の努力は無駄だと言いたいのか。

 帰り道、グダグダと頭の中で、担任と母さんの言葉を批判し続けた。そんな自分に、嫌気がさしていた。

 「俺、生きてる意味、あるのかな。」

 家に帰ると、浩介が食事を作ってくれていた。テスト前で、部活が休みだったらしい。豚と玉ねぎを、焼肉のたれで炒めたものだった。風呂も洗ってあったし、「今日は、俺がするよ」と言って、食器を洗うのも、明日の準備も、全部してくれた。俺は、食べ終わった食器を下げて、風呂に入って、寝るだけで良かった。

 有難い気持ちと一緒に、自分の必要のなさを感じていた。もう、俺がいなくても、浩介は自分のことはおろか、俺の分のことまでできるようになっている。

 俺は、ここにいなくても、問題ない。

 そう思うと、もうどうでもよくなっていた。


 母さんが外泊した時、加代子伯母さんが「ごはん、たまに作ってきてあげるからね。」と言ってくれた。俺が作るよりも断然美味い料理を、2~3日分、まとめて作ってくれた。

 俺は、いよいよ、することがなくなった。


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この物語は、著者の半生を脚色したものです。

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