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#40 遠い星で、また会おう。

※この作品は、フィクションです。


第6章 知らないことが多すぎる

 ガチャン。ガラガラ…。

 あれ?鍵が開いてるじゃない。

 兄ちゃんの靴があるよ!

兄ちゃん、いるのー?

 遠くで、母さんと伯母さんの声がする。薄く開けた目には、いつもの天井が映っていた。

 相変わらず、ひどい頭痛だった。まばたきの衝撃で頭に釘を打たれているような痛みが走る。部屋の扉が開いた音がした。

 「洋介、あんた、寝てたの?学校は?」

 伯母さんの声が頭に響く。うるさい。

 「今日、頭痛くて、休んだ。」

 「学校に連絡したの?」

 「忘れてた。」

 「学校の先生からね、お母さんのところに電話が入ってたのよ!」

 「今日、外泊の日だったの?」

 「言ってなかったっけ?今日から1泊、お母さん、外泊よ。だから、私が送り迎えしたのよ。伸子、あんた、洋介に連絡したの?」

 「連絡してなかったと思う…。」

 「もう、親子して、連絡くらいちゃんとしなさい!具合が悪いなら、しばらく寝ときなさいね。何か、作ってあげるから。朝、何か食べた?」

 「いや、何も食べてない。」

 「じゃあ、おかゆでいいね。すぐ作るから、待っときなさい。」

 伯母さんはそう言って、部屋の扉を閉めた。2人が台所の方に行く音が聞こえた。


 頭痛は、前回薬を飲んだ時と同じような痛みだった。ガンガンと猛烈な痛みで、何も考えられない。ひどく汗をかいている。

 俺は、学ランを着ていることを思い出した。2人にばれないように、痛みを堪えながら、学ランを脱ぎ、パジャマ代わりのジャージに着替えた。楽な服装に変わったおかげか、少し気持ちと体調が楽になった気がした。

 伯母さんが、部屋におかゆを持ってきた。見慣れた器に、見慣れない料理が入っていることに違和感があったが、湯気から微かに漂う梅の香りが心地よかった。伯母さんは、「自分で食べてね。」と言って、枕元に置いて行った。料理の温かさと裏腹に、伯母さんの態度は冷たかったように感じた。

 俺の「逃避」は失敗に終わった。それどころか俺は自殺しようとした事実さえ隠した。このことは、きっと、誰にも言えないだろう。母さんにも、浩介にも、父さんにも。また、隠し通さないといけない秘密が増えて、それを隠すためにまた嘘をつくのかと考えると、つらかった。もう、薬を飲むのは、辞めにしよう。

 母さんは、きっと、同じ気持ちだったのかもしれない。仕事を辞めたことも、病気だったことも、いろんなことを、伯母さんやばあちゃんに隠して、それでも「自分がなんとかしないといけない」と躍起になって、結局上手くいかなくて、何度も何度も薬を飲んで、死ねなくて、手首を切って、死ねなくて、クスリを飲んで、手首を切って…。ずっと、ぐるぐると同じところを回り続けていただけなのかもしれない。

 起き上がって、おかゆを口にした。人の作った料理というものは、なぜか、とてもおいしい。自分でどんなに工夫した料理でも、俺が作るとおいしくない。浩介が作った目玉焼きの方が、よっぽどおいしい。「愛情」というより、「してもらった感」が大事なんだと思う。俺はいつでも一人で戦ってきたけれど、やっぱり支えてもらいたいし、話しかけてほしいし、傍にいてほしい。でも、どうやったら、そうやって人に素直に頼ることができるのだろう。気づいたら、俺は、助けを求める術を使うことができない体質になってしまっていた。

 おかゆを口に運ぶ蓮華の中に、涙が一滴落ちた。俺は、自分ではどうにもできなかった現実と憔悴した心を、ぬるくなったおかゆと一緒にぐちゃぐちゃと咀嚼して、胃に流し込んだ。梅なのか、塩なのか、少し、しょっぱかった。


 体調はすぐに良くなってきた。夕方には、自分で起き上がってリビングでご飯を食べられるほどに体調は戻って来た。

 明日は、とりあえず学校に行こう。きっと、俺がいくら頑張ったところで、母さんの病気も、家族の行く先も、何も変わらない。俺は、そもそもいじめられっ子だし、人を救う程の器はなかったのだ。もう、何に対しても期待しない方がいい。いや、期待してはいけないんだ。

 次の日、普通に学校に行った。


この物語は、著者の半生を脚色したものです。


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