見出し画像

#43 遠い星で、また会おう。

 ※この作品は、フィクションです。



先生は、早口で話し始めた。

 「山元さんは、元旦那さんからのひどいDV被害に遭われています。離婚後、山元さんは一人で子ども二人を育てようと一生懸命でした。収入がしっかりと合って、ある程度自由が利く仕事として保険の営業をしていましたが、心労から休職し、当病院を受診されました。山元さんの希望で入退院を繰り返していましたが、現状、長期の入院が必要と診断しました。山元さんから、家にいる子どもが気になるという話を聞き、具体的に聞くと、子ども二人が自分たちで生活しているということを知りました。子どもだけで生活している状況は、良いことではないでしょうから、児童相談所に相談させていただきました。少なくとも、2か月の入院が必要です。そのように診断しています。」

 松ヶ枝さんは、話し始めた。

 「先生、ご連絡ありがとうございました。先生からの連絡を受けた後、上司と確認を取り、お母さんと、お母さんのお姉さんである佳代子さんとお話しさせていただきました。佳代子さんは、『ご飯を作ってやるくらいならできるが、自分の家庭もあるので、預かることはできない。』と仰っていました。その状況を踏まえて、お母さんと相談させてもらったところ、一時的に子どもを預けることで合意しました。」

 篠原さんが、それに付け加えて話し始めた。

 「長期に渡って子どもだけでの生活を強いることは『ネグレクト』に当たります。しかし、今回の場合は、お母さんの病気ということで、しょうがない部分もあります。お母さん、一人で抱えられて、大変でしたね。お母さんの体調が回復するまでの間ですので、子どもたちを施設に預けましょう。私たちが施設の空きを確認したところ、洋介君も浩介君も、転校せずに通学できる範囲の施設に空きがありましたので、そちらに措置をかけたいと思います。」

 俺は、何の話が行われているのか、意味が分からなかった。

 長期入院? 預かる? 施設?

 浩介の方を見ると、浩介も俺の方を見ていた。「どういうこと?」という目をしている。いや、俺も全然分からないよ。

 篠原さんが俺の方を向いた。

 「洋介君。」

 「はい。」

 「君のお母さんは、長い間苦しんでいた。そして、君たちも苦しい生活をしていたんだね。大変だっただろう。実はすでに、君たち二人の面倒を見てくれる場所を準備したんだ。児童養護施設、というところなんだけど、知っているかい?」

 「…いえ、知りません。」

 「児童養護施設というところは、いろいろと事情があって、家で生活できない子どもがみんなで生活しているところだよ。近い年代の子と共同生活をする場所。施設に生活のルールはあるけれど、毎日食事は出るし、寝る場所もある。勉強にも集中できるようになれるし、部活だって自由にできるよ。」

 「そんなところが、あるんですか?」

 「実は、あるんだよ。新里中学校の校区にあるんだ。この近くだね。だから、歩いて島内中学校に通うことができる。K高にも通うことができるよ。」

 「…しばらくの間、その児童施設っていうところに泊まればいいってことですか?」

 「そういうことになるね。さすが、K高生は理解力がある。」

 俺は、浩介を見た。浩介も俺の方を見ている。みんなから決断を迫られているようだった。

 俺は、この先もずっと、家事をしながら、楽しくもない学校に通って、それで適当な仕事について、適当に稼いで、何事もなかったように生きていくのだと思っていた。これから先に楽しいことも何もないだろうと思っていた。ずっと暗くて狭いボロアパートで一生を終えるものだと思っていた。

 「あの…篠原さん…聞いてもいいですか…。」

 「何だい?」

 「施設って、どんな子が住んでいるんですか?」

 「いろんな子がいるよ。詳しい事情は話せないけれど、まあ、普通の子たちだよ。ただ、みんな、君たちと同じ、お父さんやお母さんと一緒に生活できない子ということだね。あ、でも、別に悪い子どもが住むところではないよ。」

 「ずっと住むことになるんですか?」

 「今のところ、お母さんの病気の状態が良くなったら家に戻ることができるよ。でも、その時期がいつになるかは分からない。お母さんの頑張り次第だからね。」

 「僕たちが、施設に行きたくないって言ったら、どうなるんですか?」

 「児童相談所は、君たち子どものために仕事をしているから、無理やり施設に入れるつもりはないよ。でも、今の君たちの生活をこれからもずっと続けることは危険だ。私たちは、君たち二人を守るためには、施設でしばらく生活して、お母さんが元気になってから、また3人で楽しい生活をするべきだと思う。」

俺は、篠原さんがもう少し話したそうにしていたけれど、「あの、少し、浩介と、話をさせてください。」と言って遮った。浩介を面会室の外に連れ出した。


 「ねえ、兄ちゃん。」

 「何?」

 「俺ら、どうなるんだろうね。」

 「分からない。」

 「でもさ、あの篠原さんって人は、そのナントカ施設ってところに行ってほしいって話してたよね。」

 「そうだね。」

 「兄ちゃんは、どうしたいの?」

 「え?」

 「だって、今の生活で、一番大変なのは兄ちゃんじゃん。俺は、学校も変わらないし、住む場所が変わるだけなら、別にいいよ。しかも、一時期だけでしょ? 兄ちゃんが決めてくれたら、ついていくから。」

 「浩介は、それでいいの?」

 「どっちでもいい。ご飯が食べられて、普通に学校に通えるんだったら、それでいい。」

 「そっか…。」

 「兄ちゃんが決めて。」

 「…分かった。」


 そして、二人で面会室に戻った。席に座ってすぐに、俺は篠原さんと松ヶ枝さんに向かって、言った。

 「施設に行きたいです。」

 母さんは、終始俯いたままだった。




↑   前話

↓   次話


この作品は、著者の半生を脚色したものです。



この物語は、著者の半生を脚色したものです。



この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?