くやしい
「お前、最近で楽しいなって思った時、一人だった?複数人だった?」
ー複数人でしたね。
「飲みの時でしょ?」
ー飲みの時ですね。あー、でも飲みの後とか、喫茶店とかで話してたりって方が多いかもしれないです。
「お前はね、貴族だね」
ーどういうことっすか?
「人間の種類は6パターンあって、王様、子ども、貴族、社長、あとなんか2つ。で、俺は王様、お前は貴族」
ー貴族。
「貴族は誰といるか、とか、誰とするか、とか交友関係をめっちゃ重要視すんの。胡散臭いおばさんが言ってた」
当たらずも遠からず程度の診断な気がした。
確かに仕事は誰がいるかで選びたいし、好きじゃない人と飲めば理由をつけて途中退席する。
そのくせ異常な寂しがり屋で独りは長く耐えられない。
しかし、貴族というレッテル名が悔しい。
確かに生まれは裕福だが、別に苦労が少なかったかと言われると、家族関係じゃ大いに悩んだ方だし、今の生活なんて雅とはほとほと縁遠い。
それが貴族というネーミングに集約されるのは悔しい。
看破されているのも悔しいと思ったが、考えれば俺はこの先輩ともう五年近く仲が良い。そりゃそんなこと当てられて当然な気もしてくる。
帰り際に2万5千円をもらった。
もらったと言っても、俺が演出部財布に入れておいた2万5千円を返してもらっただけだが。
でも、臨時収入には変わりがないのでずっと欲しいと思っていたカセットコンロ、ヤカンに、インスタントコーヒーを買った。
これで熱いコーヒーが飲める。
うちにはガスコンロがなくて、でもインスタントコーヒーは火の熱で沸かしたお湯で淹れたいなと思っていた。
池袋で買った。色々。
残りは1万8千円くらい。
すぐに金を使って、悔しいと思った。
でも、その足が自然とピンサロに向かっていた。
風俗は行かないようにしようと思っていたのに。
嬢は中の下という感じだった。
こうして品評するのも良くはないと思うのだが、くじ引きのようなシステム上、考えてしまうのは仕方がない。
中々イケずに悶々としていると、脳裏に蘇ってくる会話。
「風俗行く人、マジで軽蔑するんすよね」
ー俺もたまに行くんだけど
「えーだって人身売買じゃないですか」
ー…急にそんな強い言葉使うなよ。反応に困る。
「すみません。でも、そう思っちゃうんすよね。それで稼いで何言ってんだって感じすけど」
ソープ嬢をしている後輩が言ってきた。
真夜中に俺の部屋で衣装のシワを伸ばして演者別に整理している時だった。それまでは他愛もない話をしていたが、急に言われて少し身構えてしまった。けど、そのあと結局、他愛もない話に戻った気がする。
「先輩、なんで映画やりたいんですか?」
ーいや、別に楽しそうだから。
嘘をついた。本当は映画が好きで好きで、死ぬほど憧れていた業界で、死に物狂いでしがみついている現状なのに、フラッと流れのままにやってる感を出したくて、カッコつけてしまった。
でも、そのあとにも後輩はやたら似たようなことを言葉を変えて聞いてくるので、しまいには俺も
ー映画監督やってない人生なんて、意味ないじゃん。
なんて恥ずかしいことを言ってしまった。
シラフで夢を語ったのは、数ヶ月前のその日が最後だな。
そんな日だったので、俺はその日寝る前に、もう俺は風俗には行かねえ。なんて決意を固めていた。
そんなことを考えていると、射精感が高まってきて、イってしまった。
急に嬢が汚物のように思えてきて、そっけなくなる。
頭の中で
ー悔しい。こんな猫撫で声を出すしか脳のない肉の塊の口の中でイってしまった。
なんて、あまりにも身勝手な男の思考が否が応でも溢れてくる。
タバコを吸っていると、手マンをしたことを思い出し、吐き気に襲われる。
そこにまた、人身売買の言葉がよぎり、決意を簡単に反故にして、身勝手に人を見下す自分の醜さが鮮やかに俺の心を抉る。
そんなことを抱えて寝たくないので、立ち呑み屋で酔って帰ることにした。
もらった2万5千円が3千円になりました。