【掌編】ドクペとサティ
日は落ちて、今日も海の家が店仕舞いを始める頃の話だ。まるで最後の夕焼けと一緒に帰って行く人々。しかしこの海岸でも近年では夜営業がぽつぽつと存在している。どこかへ消えていった喧騒の代わりに砂浜では音楽がよく聞こえてくるのだ。
身支度も早々に、海の家の裏側で腰掛ける二人。八月も下旬であり、山々に囲まれたこの町では秋の虫が鳴き出していた。
「暑かったね」
「あまりにも暑くて人出が少なかったわ。余計に暑い」
「関係あるの、それ。いつもより暑かったけど、楽しかったよ」
風鈴の音が不規則に沈黙を揺らす。二人には潮騒と、それと音楽とダンスですら遠くに感じられた。
鉄柵の喫煙所では一人、また一人と、無言で黒い海を見つめている。
「明日って休み?」
「ドクペが売ってる自販機知ってるんだけど…」
彼女はこのうるさい風鈴に、ドクペを飲むサティ*の姿を重ね合わせて笑った。それを見て訝しげになり、また風鈴にペースを乱されてしまう彼がいたのだ。
作:矢野南
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