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「ひとつ屋根のした、グレーゾーン」第3話
“心のモヤモヤ”
週の半ば、翔の幼稚園で保護者参加の授業参観が開かれることになった。彩音は仕事の休みを取って、朝から緊張気味に準備を進めていた。
「翔、今日はママが幼稚園に行くからね。楽しみだね!」
「うん!ママ、僕のこと見ててね!」
翔の無邪気な笑顔に、彩音も少しだけ気が楽になる。
幼稚園に着くと、保護者たちが廊下に並んで教室の中を覗いている。授業が始まり、子どもたちが一人ずつ前に出て名前と好きなものを発表する時間がやってきた。
翔の番になると、彼は元気よく前に出た。
「ぼくのなまえは、しょうです!すきなたべものは、いちご!」
ところが、発表が終わるとすぐに席に戻らず、その場で急にくるくると回り始めた。他の子どもたちが笑い出し、先生が慌てて翔を促す。
「翔くん、席に戻ろうね。」
彩音の心臓がぎゅっと縮む。周りの親たちの視線が突き刺さるように感じられた。
授業が終わり、帰り際にクラスメイトのお母さんが話しかけてきた。
「翔くん、元気いっぱいで可愛いですね。うちの子も、あんなふうに明るいといいのに。」
一見褒められているような言葉だったが、どこか引っかかるものがあった。彩音は曖昧に笑ってその場を離れる。
(本当に可愛いと思ってる?それとも…)
帰り道、翔は授業参観で楽しかったことを話し続けている。彩音はその声を聞きながら、自分の中に溜まるモヤモヤを振り払おうとする。
夜、直人に今日の出来事を話すと、彼は相変わらず軽い調子で言った。
「いいじゃん。それくらい元気で。周りなんか気にするなよ。」
「そう簡単に割り切れたら…苦労しないよ。」
彩音の声は沈んでいた。直人は何か言おうとしたが、結局言葉を飲み込む。
その夜、彩音は一人で考えた。
(翔が何を思っているのか、もっと知りたい。私が不安に思っている理由も…ちゃんと向き合わなきゃ。)
第4話につづく