【日記】お前の苦労をずっと見てたぞ🐯
巨大な虎の頭が話しかけてくる。
穏やかなピアノをBGMに虎が話しかけてくる。
金色のなんだかもわっとしたエフェクトをバックに、かすれた声で話しかけてくる。
始めの方はこちらの今までを労い、中盤ではその苦労が報われ莫大な富を手に入れることができるると予言し、最終的には、フォローや動画の拡散を求め、本格金運鑑定へと誘導してくる。
そんな縦型動画の広告がある。
僕のインターネットにはこの広告は流れてこないが、この広告を素材にしたアホな動画や「お前の〇〇をずっと見てたぞ🐯」のネタはよく見かけていた。
気になったのでオリジナルも実際に見てみたがやはり馬鹿馬鹿しくて面白い。
画面のほとんどを占める虎の大きな顔、パチンコで使われてそうな騒々しい文字のデザイン、カッスカスの声、画面のうるささとは正反対の落ち着いたピアノ、たまに入る咆哮、虎の優しい同情、いいね投稿フォローコメントなど多すぎる注文、波動を2回タップして金運急上昇。訳が分からなすぎてとても興味深い。
こんな変な広告で効果はあるのかと思うが、直接広告が届いていない私まで広告のことを知っているのだから大成功なのだろう。
ただ広告は馬鹿馬鹿しいが、「お前の苦労をずっと見てたぞ」というフレーズ自体は侮れないものがあると思う。きっとこの言葉をかけられて心が動く人は多くいるのではないだろうか。
これは雑語りだが、「苦労」はそれ単体では顧みられることが少なく、後に成功して初めて美談の一部として人から見てもらえるような気がする。
しかし、今「苦労」している人間は今この瞬間にこの「苦労」を取っ払って欲しいし、それが出来ないのであれば、せめて目を逸らさずに寄り添って欲しいのではないだろうか。
なので「お前の苦労をずっと見てたぞ」は胡散臭い虎に任せるのではなく、本来我々自身が身近な誰かに言っていかなきゃいけないフレーズなのだと思う。
「苦労」ではないが、見てもらいにくいという点ではnoteだって似たところがあると思う。長文がメインなので読むのにカロリーがかかりフォロー数を増やしにくく、リツイート的な機能も無いので(多分)拡散もしにくい。
だからこそ好き勝手に文章が書けて私は気に入っているのだけど、せっかく労力をかけて文を書いたのだから、より多くの人の目に触れてほしいと考える人がいるのも当然で(そうじゃない方が狂人)、そういう人の願いは叶いにくい気がする。
特に書き始めたばかりのアカウントなんかはそれが顕著で、やはりテンプレに沿った構成と話題にした方が耳目を集めやすい気がする。(僕は嫌いだけど。天邪鬼なので)
逆に自分の言葉で文を綴っているアカウントが自己紹介以外はスキが0とか1とかしかついてなかったりする。
僕がnoteで読みたいのは万人の役に立つ記事や成長に貪欲な前向きな記事ではなくて、そういうアカウントの個人的な記事なので、読んだ後で「お前のnoteをずっと(じゃなくて見つけたのは今だけど)見てたぞ」とそっとスキをつけている。
「お前の苦労をずっと見てたぞ」とnoteを雑に繋げたような話になってしまったが、つまり僕が言いたいのは、せっかく面白いことを書きそうなアカウントを見つけたのに、3本くらい書いてそれ以降は音沙汰がなかったりすると残念な気持ちになってしまうという話だ。あとあの広告を信じるやつはアホ。
ではまた明日。
※カスの広告とはいえ、その内容を描写するのに大きな間違いがあるとよろしくないので、これを書くために10回くらい広告を見ました。
ニコニコ動画に上がってて24万再生されてる。最近のニコニコにしては再生数が多い。この広告を素材にした動画も150本ほど作られているので、完全におもちゃになってる。
※ノートにもゴールドタイガーのタグがあるやんけ。
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