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『となりのトトロ』はヤングケアラーなのか? 漫画、アニメでわかる戦後の子育て事情

スタジオジブリの名作アニメ映画である『となりのトトロ』は、昭和30年代の日本にあった田舎の町を舞台にした物語で、サツキとメイという姉妹が主人公となっている。
 
サツキは小学生、メイは幼稚園児くらいの年齢であり、サツキはメイの面倒を見ながら家事を切り盛りするしっかり者の女の子である。
 
そんなサツキだが、近年ネットでは、彼女がヤングケアラーではないのかと言う発言があった。
 
なぜ、サツキがヤングケアラーと呼ばれているのか?今回はヤングケアラーに関連した漫画やアニメ等を交えて、ヤングケアラーについて解説してみようと思う。



ヤングケアラーとは?


ヤングケアラーとは、若年の児童等に、病気や障害のある家族、親族がいて、彼らの介護をしなければならないために、受けるべき教育を受けられなかったりすることである。
 
本来、親が担うであろう家事の仕事を引き受けている子どものことであったり、幼い姉弟の面倒を見ている未成年者のことでもある。
 
『となりのトトロ』のサツキの家族構成は、前述したように幼稚園児のメイに、大学で非常勤の講師をしている父親、そして病気で療養中の母親である。
 
母親は入院しているので、サツキは母親の代わりに家事をして、妹の面倒をみている。お父さんも時折しているようであるが、うっかり忘れてしまうことが多いうえ、大学で仕事をしているから、あまりあてにできない。
 
並べてみれば、確かにヤングケアラーそのものである。
 
ただし、隣に住んでいるおばあさんが手伝いに来ているので、極端な不自由はしていないようである(少なくとも学校には通えている)。
 
そのため、本作を拝見した憲法学者の木村草太はこのように述べる。
 
「彼女の困難に周囲が適切に介入、関与する舞台設定は現実には存在しない。完全なファンタジーです。」
 
もっとも『となりのトトロ』の時代設定は、昭和30年代なので、現代の日本の社会風潮といささか乖離があり、野暮な意見ととれなくもないが、現実のヤングケアラーがいかに困難な状況であるのかが伺える。
 

子育てをする小学生たち


ヤングケアラーの問題提起した作品は、90年代にも登場している。少女雑誌『花とゆめ』に連載された『赤ちゃんと僕』である。
 
本作は1991年から97年まで連載された作品で、主人公は小学生の榎木拓也。彼には幼い弟がいる。しかし、母親が亡くなってしまい、彼は亡き母親の代わりに弟を育てることになる。
 
拓也は、小学生としてはしっかりしているほうで、面倒見もいいが、それでも弟の世話に追われて、友達と遊ぶことはおろか、勉強すらおぼつかず、時に癇癪をおこして、弟に乱暴を働いてしまうこともある。
 
もう一つ、ヤングケアラーを象徴した作品がある。92年に放映されたテレビアニメ、『ママは小学4年生』である。
 
主人公は小学生の女の子、水木なつみで、彼女の元に、未来で生まれている自分の赤ちゃんがタイムスリップしてやって来るという話である。
 
こちらはSF的な設定であるため、他者に事情を話せないというハンデを抱えているので、『赤ちゃんと僕』よりはるかにヤングケアラーの問題に近い。そして、両親はロンドンに行ってしまっているため、協力者も限られている。
 
唯一、事情を知っている叔母のいづみは、赤ん坊が大の苦手で、序盤の頃は非協力的であった(物語が進むと手伝ってくれるようになる)。
 
双方共、表現はマイルドになってはいるものの、明らかにヤングケアラーの状況に当てはまっている。
 
両作に共通しているのは、90年代初頭であるということである。日本はこの頃、核家族化が進み、祖母や祖父と離れて暮らす家族が増え始めていた。
 
90年代初頭は、バブルを引きずっていた時代でもあり、専業主婦も多かったと思われるが、共働きで働いている家族も多く見受けられており、鍵っ子とよばれる子ども達も増えてきていた。
 
そうした家庭では、子どもが家事をしなければならない状況になってしまい、中には幼い兄弟の面倒を見ていた家庭も少なくなかったのではないだろうか?
 
このように記述すると、女性の社会進出はだめなのか?という風に聞こえてしまうかもしれない。
 
もちろんそうではない。それどころか、景気の低迷と共に、両親が顕在でも双方とも働かなければならず、子どもだけで、幼い兄弟や障害のある親族を面倒見なければならないことは避けようもないことである。
 
90年代にあった『赤ちゃんと僕』や『ママは小学4年生』は、そうした問題を提起していたのだ。
 
だが、そうしたメッセージをどれほどの人間がこれを受け止めていたのだろうか。

勉三さんはどこへ行った?

 
元来、上の兄弟が下の兄弟の面倒を見るというのは、昔はよく見られる光景であった。では、一人っ子はどうしていたのか?その回答は、意外な作品にある。1969年に放映されたゴジラシリーズの一作品『ゴジラ・ミニラ・ガバラ オール怪獣大進撃』である。
 
本作の主人公の三木一郎は、まだ小学生の子どもで、親は共稼ぎである。場合によっては、両親が家に戻るのが遅くなるので、隣に住んでいる南信平という男の元に、預けられている。
 
南信平という男は、機械いじりが好きなおじさんで、一郎とは親族関係にあるわけではない。完全な赤の他人である。
 
つまり、あの当時は、隣近所の人に子どもを簡単に預けることができたのだ。
 
もう一つ、興味深い事例がある。藤子・F・不二雄の傑作品の一つである『キテレツ大百科』である。
 
発明好きの少年で、キテレツというあだ名をつけられている小学生の木手英一を主人公とした本作には、勉三さんという興味深いキャラクター登場する。
 
勉三さんは、アニメでは受験で山形からきた浪人生という設定であるが、原作の漫画ではキテレツの隣に住んでいる浪人生である。
 
勉三さんはキテレツの幼少時からの知り合いで、キテレツは、勉三さんに遊んでもらうだけではなく、時折、旅行に連れて行ったりしていたようなので、幼い頃のキテレツの面倒を見ていた可能性がある。
 
また、藤子・F・不二雄の代表作『ドラえもん』でも、のび太が時折、近所にいる小さな子どもの面倒を見ていることがある。昔は、他人の子どもの面倒を見ると言うのが当たり前のことでもあったのだ。
 
しかし、現在では、隣人に気楽に子どもを預けることなどできない。むしろ、信用のおける隣人すら、どんどんいなくなっているのではないか?
 

水木しげるとのんのん婆


水木しげるが描いた自伝的漫画『のんのん婆とオレ』によると、水木しげるは、幼少の頃にのんのん婆という老婆に育てられていた。
 
彼女は、呪術師や拝み屋のような存在であり、水木しげるは、幼少時代に彼女から妖怪や霊の世界についての話を聞いて育ったため、妖怪漫画を描くきっかけとなった。
 
昔は、のんのんとは僧侶のことを意味しており、漫画序盤に出てくる彼女の夫は、僧形であった。
 
一方で、昔、地方によっては、家族や祖母、親しい女中のことをのんのんと呼んでいたことがあり、のんのん婆さんは、子どもたちの面倒を見てくれる世話焼きの婆さんであったのだろう。本名は影山ふさ子という。
 
そのため、のんのん婆は拝み屋だけでなく、子育てや家事の手伝いをして小遣いを稼いでいた。
 
昔は、ちょっとしたアルバイトとして、子育てをしていた者もいた。ベビーシッターやヘルパーのさきがけとも言うべき存在である。
 
水木の幼少時代は、炊飯器もレンジもない時代であったので、住み込みの女中さんや小僧さんが必要であった時代なのだ。
 
もっとも、当時でもある程度裕福な家でないと、こうした人を雇うことはできなかった。
 
それでも、こうした人が、子育てを担う貴重な存在であることは事実である。
 
そして、『となりのトトロ』やのんのん婆の例を見ればわかるように、昔は老人が子育てを担っていたのだ。

戦前から戦後、子育ての変革


水木しげるの逸話は戦前の話であり、彼の出身である境港市は、まだ東京ほど発展はしていなかった。
 
当然ガスもなかったので、ご飯を炊く際は、竈で火を起こさなければならず、家事は大変な重労働で、手伝いをしてくれる人の存在が必要であった。
 
前述したように、財産があれば人を雇えるが、そうでない家庭は子どもが手伝うしかない。
 
やがて、戦後になると庶民の生活は少しずつ豊かになり、家庭用の電化製品も普及するようになった。
 
テレビ、冷蔵庫、洗濯機は「三種の神器」と呼ばれ、ご飯も炊飯器で炊くようになり、掃除機も誕生するようになって、一般家庭にお手伝いさんはあまり必要とされなくなった。
 
家事の負担は減り、子ども達も高校や大学などに進学する余裕が出てきた。
 
そして、子育ては受験勉強へとシフトされていった。

行事の大事さ

 
昔は子どもが生まれたり育ったりすると、節々で、祝い事をする。昔は祭りや行事というのは、子どもが主体として行われるものであった。
 
筆者の子ども時代でも、古典的な祝い事こそなくなりつつあったが、地域でレクレーションを行うことはあった。
 
そうしたことで、人間関係を学び、かつ、協力し合って子育てをしていったのではないか。
 
『赤ちゃんと僕』や『ママは小学四年生』で救いになっているのは、同級生等に理解者がいてくれるということである。主人公たちが、学校で周囲と交流を深めているからこそ成り立っている

学校生活も様々な行事があったりするから、今、地域で無くなりつつある子供たちの交流は、学校生活で補うことは可能である。

ただし、受験勉強を偏重している親の中には、そうした行事やイベントをなくせと言ってくる者もいる。彼らは、子どもは受験勉強だけすればいいと考えており、周囲の人間は敵と思っているからだ。
 
やがて、学校で次第に助け合いの精神を学ぶことがなくなってしまい、集団での協調を学べるところは、体育会系の部活動のような、強制的なものになってしまう。

そして、大人になっても、小理屈に長けた小賢しさばかりを身につけて、中身は子どものまま大人になることになった者が現れてくるようになる。
 
筆者のような、就職氷河期世代なんかに多く見られる傾向である。
 
本質的な助け合いの心を学び取らなかった者は、SOSを発信することもできず、孤立してしまう。学校に行けなくなったら、尚更、孤立は深まってしまうだろう。

現代におけるヤングケアラーの恐ろしさはここにある。
 

問題解決にならなかったゆとり教育

 
筆者は受験嫌いでがあるが、流石に受験を無くせとは言わない。ただし、受験は教育の本質ではないということは頭に入れた方がいい。
 
この本質を理解できなかった者が多かったために、ゆとり教育が生まれてしまったのだ。
 
ゆとり教育が始まった頃、筆者ですらうさん臭さを感じ取っていた。
 
団塊をはじめとして、当時の大人たちは、学歴社会の恩恵を受けていた者が多かったからだ。当然、官僚や政治家も同じである。
 
そんな彼らは、ゆとり教育などという甘い罠を仕掛けて、勝ち組と負け組を作りはじめた。そして、自分たちの子供にはちゃっかりと塾に行かせたり、私立の進学校に通わせていた。

ようするに、一部のエリートだけを作り上げて、あとは雑な教育で間に合わせようという方針であり、その意図の中には、教育にかける費用を削ろうという考えがあったのではないのか?
 
そして、ゆとり教育は、受験戦争と同様、責任のない大人を生み出したのであった。勝ち組も負け組も等しく幼稚な大人へとなったのだ。
 
つまり、受験戦争の愚かさを理解していないから、幼稚な大人を生み出すという同じ結果を生み出している。つまり、何の問題解決になっていなかったのである。

受験は、自分のやっていることに責任を持つ者をあまり生み出さなかった。それどころか、他人を蹴落として、自分の空間だけを守る者を生み出した。
 
大半の人間が親や教師にやらされているだけ、それも他者のためでも公のためでもなく、学歴社会の恩恵を受けるためにやっているのだから当然である。
 
教育とは、受験のための勉強をすることではない。教育の目的は、子どもを一人前の大人にすることである。

いなくなった本当の「大人」


 今や、受験戦争を潜り抜けて、学歴社会の恩恵を受けた「大人」が老人になりつつある。彼らが若者だったとき、周囲の大人から、中身が子どものまま大人になったと言われていた世代でもあった。
 
そんな彼らは、『となりのトトロ』に登場する婆さんや、水木しげるの面倒を見ていたのんのん婆のような、子どもをしっかり導く老人になることはない。むしろ、今更、子育てに追われていたくないと思っている老人が多く現れている。
 
そのうえ、『キテレツ大百科』の勉三さんのように、面倒見の良い気のいい大人がいなくなっているのだ。
 
興味深いことに、その勉三さんも受験生(浪人生)であり、登場当初は受験ノイローゼになっていて、キテレツの相手をしている余裕がなく、彼を突き返してしまっている。
 
ヤングケアラーの本質的な問題は、子どもが家事をしたり、子育てをすることではない。冒頭で述べた憲法学者の木村草太の言葉通り、周囲の理解と協力がないことである。
 
『となりのトトロ』でも『赤ちゃんと僕』でも周囲の理解があったし、手助けする大人がいた。『ママは小学4年生』でも、子ども嫌いの叔母さんは、最終的には良き協力者となってくれていた。
 
元来、子育てとは、地域全体で協力して行うものという認識があった。だが、そうしたものを「同調圧力」と言って、毛嫌いする者が現れはじめた。
 
そして、子育てを学校に委任したがる者も現れた。しかし、プライバシーというものがある以上、学校は家庭内に介入することはできない。
 
なにより、人手不足の現在、そこまでの余裕はない。国も教育に力を注いでいるのかどうか疑わしい一面があるのは「ゆとり教育」で証明されている。
 
そんな状況で、産めよ増やせよと煽るのは暴力的ですらある。
 
では、どうするべきか?答えは単純で、まず、我々がしっかりとした大人にならなければならないということである。
 
いきなり責任感を持つというのは大変かもしれないが、少なくとも身近な人を助けられる人間くらいにはなれるはずである。
 
人が助け合いをするのは、子育てをしなければならないためである。
 
そして、大人になるということは、子どもたちを迎えるということでもある。『となりのトトロ』をはじめとした漫画やアニメは、そうしたことを伝えていたのではないのか?

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