パフェという新世界との出会い
病院と映画で適当に組んだ予定、時間が空くことは分かっていた。ぶらぶらと足の向くまま歩き、適当に草臥れたベンチに座る。
それにしても暑い。八月の中旬、太陽は未だ活動的で、気温は殺人的な暑さだった。
そろそろ屋内へ入らないと致命傷だなぁ、と地図アプリで時間を潰せそうな場所を探す。
やはり目に止まるのは本屋だが、朝に別の書店へと足を運び、お気に入りのシリーズの最新刊と重厚な世界観を完結させた作者の新作を購入済み。戦果としては十分だが、冒頭の内容から静かな部屋で読んだ方が良い気がして、炎天下の暇つぶしにはあまりにも惜しかった。
滑るように他に何か趣味を満たせる場所を探す。お食事処、ゲームセンター、アパレルショップ、と見ていくと一つの画像に目が吸い寄せられた。スイーツである。果物とクリーム、何よりアイスを飾り立てたその画像はこの気温を前にしてはあまりに魅力的だった。
昼食に摂った唐揚げ定食を思うと気が引けるがモノは試しと向かってみることにする。
体感時間的に、移動よりも長く待った店内のエレベーターを出るとそこはオシャレな店が所狭しと並ぶある種の結界だった。慣れない光景に足が竦む。ここまで来たからにはとずるずる歩を進めると果たして、そこに目当ての名前を見つけた。地図で見た画像よりも3割り増しに豪華に見える店に怯えながら列に並ぶ。予算内のお値段か、並び方は無作法でないか、果たして本当にこの店かと不安と確認を繰り返しているとついに実にテキパキとした若い店員にテーブルへと案内された。
メニューには見慣れないケーキやパフェの名前が整然と並んでいる。あまりピンと来ないページを捲ると華やかな桃のパンケーキと瑞々しいマスカットのパフェが記載されていた。なんでもフェア商品らしくA4サイズのラミネート加工された写真が煌びやかに載せられている。お値段はお手頃からほん少し色をつけた絶妙なもので、逡巡の末にマスカットの方を選び、注文した。お値段が若干安いとか、マスカットは最近食べてないとか色々理由はあったが何より、パフェはここ10年ばかし食べた記憶がなかったからだ。
注文してからの待ち時間はそんなに待った記憶がない。お冷には僅かにレモンの風味があり、飲むたびに吹き抜ける様な酸味が嗅覚を楽しませてくれる、照明と窓からの計算されたであろう光量は心地良かった。そしてスマホの充電が残り6割を切った辺りでそれは届いた。待望のマスカットのパフェである。
メニューにある画像のそれは磨かれたガラス細工の様であった。しかし実物はより瑞々しい透明さがあり、しかして芳醇な質量を備えていた。その存在感、想像を上回る大きさには圧倒される感覚があった。おそらくは一期一会のそれを観察する。ガラスには美しい多層のフレークやアイス、果実が姿を覗かせており実に扇情的であった。グラスの上に盛り付けられたクリームはまるでドレス様でその内からは僅かにアイスが、そしてその全てを飾り立てるように、あるいはそれら全てを持って輝く様にマスカットの緑があった。
───これがパフェか、今までの常識が書き換えられる、正にそれは衝撃だった。ともあれ慄いていても仕方ない。生憎とパフェの食べ方は知らない以上、壊れやすいだろう上から解体していく。スプーンで支え、フォークで削る。柔らかなそれはまるで雲を切る様な手応えでスプーンへ収まっていく。まずは一口目、マスカットとクリームを口に含む。マスカットのフレッシュな歯応え、そしてそれの甘さと爽やかさをクリームが柔らかく包んでいる。強い味なのにしつこくなく、あっさりと飲み込んでしまう。次にこの二つに加えてアイスも口に含む。先程とは違う、バニラの香りと素朴な甘さが先程の2つに加えられ、なおも調和が取れた食感。気づけばスプーンとフォークは止まらず、パフェのグラスから盛り付けられていた部分は食べ終えていた。
ここからはいよいよグラス、見るだけであった多層部分である。
クリームの第一層とフレークの第二層を口に含む。今まではとは違う料理であると直感する。今までのパフェが甘さと華やかなダンスであるのなら、ここからはオーケストラの様な味わい。知らず浮き足立っていた部分が落ち着きを取り戻す様な、サクサクした食感と上品な甘さだった。しかし、それでは終わらない。油断した口に入り込む果実とアイスは落ち着いたからこそ分かる鋭さを持ってもてなしてくれた。上から積み重ねられ、デザインされた味を楽しんでいく。
そして豪華絢爛の最後に顔を出したのは僅かなレモンの寒天であった。ここに来て寒天?という疑問は口に含むことで氷解する。
酸味と僅かな甘さ、冷たさがそれまでの食で口に残っていた味が洗い流されていく。静寂を取り戻していくのを感じる。その爽やかで細やかな味は別れの挨拶に似ていた様に思う。終わった後に尾を引かないための最後の心遣いを受け取った時、パフェという一つの世界との別れが訪れた。
たまたま寄っただけの店であり、計画の杜撰さの奇跡だったと思う。会計を済ませ、店を出る。気づけば時間は十分に過ぎていて、次の予定へ向かわなければならない。
そうして僕はまた、炎天下の元へと歩き出した。