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AwBH 日本語化プロジェクト 第5章 訳者雑感

※実際コミックの中ではこんなこと言ってません。未読の方はこちらからどうぞ。
※本記事は『鱗羽の天使』本編の核心的なネタバレを含みます。未プレイの方は引き返すことを強くお勧めします。

第5章はアンナ編。過去の不祥事で有罪判決を受けている天才科学者アンナは評議会の助成プロジェクトの下でしか研究を行うことができません。新任の科学大臣から助成の打ち切りを告げられた彼女は旧知の弁護士とタッグを組み、決定を覆すため様々な試みに出ます。

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アンナは『鱗羽の天使』でも特に複雑なキャラクターです。非凡な頭脳を持ち、若くして成功を収めた彼女は社会通念から外れており、法や秩序を軽視しています。自らの目的を果たすためならば法を犯すことも躊躇せず、倫理などまるで顧みません。一方で、自分は世界を変えるために働いているのだという強い意志を持っており、道徳的には善にも、そして悪にも染まるつもりはないようです。加えて不治の病に侵されているという切迫した状況が、彼女をさらに不安定で危険な存在へと押し上げています。人間に刷り込まれた知識、つまり伝統を重視する竜たちにとって、竜世界に革新と変革をもたらそうとするアンナは異端中の異端であり、時には迫害の対象ともなっています。

本章のタイムラインは『鱗羽の天使』本編に最も近いと思われます。アンナがガンの研究を始めている、つまり彼女がガンに侵されてから数年が経過しており、さらに、本章の中で研究者のダミオンと肉体的な関係を持っていることから、交際関係があったというマヴェリックとの関係も既に終わっているはずです。(マヴェリックと付き合いながらダミオンと寝たという可能性もゼロではありませんが…)評議会の助成プロジェクトが毎年更新されていることを踏まえれば、本章の内容は本編開始直前~1年前までの間であると考えるのが妥当でしょう。

本章には様々な新キャラクターが登場します。中でもアンナと付き合いの長い弁護士、そして考古学者の二人は特に個性的です。

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アンナお気に入りの弁護士。天才であるアンナをも唸らせる頭脳の持ち主のようですね。白い体躯に黒いリボンがとてもよく映えます。後に登場する研究者三人組がアンナに浴びせた罵詈雑言には飛竜に対する差別的な表現が含まれており、実際、本章に登場する研究所で働く竜たちは全て走竜や直立種でした。弁護士や研究者といった書類仕事が多い職業は、腕が翼として機能している飛竜にとって簡単ではないのかもしれません。ただ、少なくとも彼女にはこのパターンは当てはまらなかったようですね。こういった逆境に置かれている点でもまた、アンナと通じる部分があるのかもしれません。

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アンナと弁護士の会話パートは特に翻訳に苦労しました。遠回しな台詞が多く直訳すると読みにいだけでなく、要点も伝わりにくい。さらに頻出する"PR"という単語が追い打ちをかけます。日本では広告やアピールといった意味合いで使われることの多いPRですが、これは和製英語であり、英語では全く異なる意味を持ちます。"public relations"、一言でいえば「公衆との関係構築」なのですが、例えば個人が周囲の理解を得るための行動もPRであり、企業のような団体が公衆に向けて行う広報もPRとして成立します。これを的確に表現できる単語が少なくとも訳者のボキャブラリーには存在しなかったため、文脈に合わせてニュアンスを言語化するしかありませんでした。加えて、コミックでは吹き出しのサイズによってテキスト長が著しく制限されていることもあり、作業は難航。それなりに訳せたことを祈っています。

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模様も鮮やかな考古学者。訳者は最初、男性だと思って訳していたのですが、公式情報によって女性と判明しています。人類研究は主流派ではなくとも学派としては認められているようですね。彼女のパートは大ファンが一転してアンチになってしまう皮肉なケースを象徴するシーンになっています。

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本編の中でもアンナとダミオンの間には何かがあった様子が仄めかされていましたが、ついに公式コミックという形で二人の肉体関係が明かされることに。自らの命のためとはいえ自分の体を交渉材料として使うことも躊躇しないアンナの振る舞いは悲壮感さえ漂わせています。ダミオンは狡猾で欲深いキャラクターですが、アンナとの会話の中では頼りがいのありそうな一面も見せています。

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弁護士が見つけた契約書の穴を得意げに披露するアンナ。このパートは助成金や助成プロジェクトを指す"grants"と、確かに~という意味で続く文を修飾する副詞としての"granted"を使った言葉遊びです。日本語に訳す上でも同様に、似たような発音を持つ単語を使って言葉遊びとして成立させる必要がありました。最初は完全な同音で"助成"と"女性"を掛けようかと思いましたが、さすがにそんな初歩的なミスは書類チェック時に発見されるでしょう。最終訳は"助成"と"情勢"、これならば見落とされる可能性もありそうですし、結構うまく訳せたのではないでしょうか。アンナの反撃パートは外連味たっぷりで訳者もノリノリで訳していました。本章を翻訳した時点ではAwBHはまだ連載中の作品ということもあり、オチがない章も多いのですが、第5章は単品で読んでも起承転結があって楽しめる話になっていると思います。

アンナは引き続きストーリー『S』の中でマヴェリックと共に登場するとのこと。こちらも内容が楽しみです。

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本記事は『Angels with Broken Hearts』の日本語訳プロジェクトです。
オリジナルの公式HPはこちら
http://angelswithbrokenhearts.com/

この翻訳記事は制作者の許可の下で行われている公認プロジェクトですが、訳文はファンによる非公式翻訳です。公式は訳文に一切の責任を負いません。訳文についてお気づきの点は訳者までお寄せください。

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訳:Luptas