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ひのき舞台は探偵と一緒に:17.休演、代役、そして……#3
「うーわ……キラッキラ、っていうか、ピカピカしてる」
「クリスマスのキラキラより僕は好き。豪華絢爛、まさにそれじゃない?」
「スーパーとは、やっぱり違いますね。お高いけど、見てるだけでも楽しいかも」
「緑子は、きっとこれが好きなのよね。僕はネットの宅配で買っちゃえばいいと思うんだけど……でも今日は彩菜ちゃんが一緒だから平気! 何から買う?」
何から、と問いを投げておきながら、紡の足は生鮮コーナーへ。赤く茹で上げられたタラバ、ズワイ、そしてまだ動いているケガニが並んでいる。
「タラバ、蟹。ズワイ、蟹。毛、蟹。毛蟹だけ、ケって略さないんだねえ」
「ケだと幅広過ぎますからね、対象が」
くだらない。非常にくだらないやりとりではあるが、何故か笑みになる。
買う予定のない丸ごと横たわった高級魚や、黄金色に輝くカズノコを観賞し、野菜売り場へ。スーパーよりも割高ではあるが、緑子から受け取った資金は潤沢。雑煮に使う野菜の他、旬の果物、旬ではない果物までもカゴに入れる。続いておせちのコーナーへ。
『 おせちは売りさばかなきゃならないから狙い目! 絶対お買い得になってるハズ 』
出がけに緑子が宣言していた通り、ダンダンダンっと重なった漆塗りの正方形がズラリ。長身の紡が首を伸ばし、列の前方を覗き見る。
「さすがに開店してすぐに値引き札は出さないみたいね……あ、お頭付きの鯛がセットになってるのがある! 近くで見てみよーっと」
人混みは嫌いなはずの紡。ぐいぐいスルスルと前に進む。
(ホントこれひとりだったら無理……)
多過ぎる他人の気配に圧倒されながら、おせちコーナーに到着。
売り子さんと交渉し、三段重ねのおせちに、お頭付の鯛の他、清酒一本をサービスしてもらう。彩菜の担当分は、これで終了。残るは、紡が担当する【餅】。
次の売り場に移る前に、買った品物をコインロッカーへ。売り場でもらった保冷剤と一緒に収納。
(うーん……さすがデパート。買わせる気満々だな)
扉を閉め、ひと息ついた彩菜。その隣で紡は、ゴソゴソと財布を探っている。
「ごっめーん、小銭持ってないや……彩菜ちゃん、持ってる? 百円玉」
「えっと……あ、あります。あっ!」
ポロ
チャリーン
スルスルスルーーーー
落としてしまった百円玉は、歩く人の足を巧みに交わして転がっていく。素早くしゃがみ込み、彩菜は視線を下げた。転がる銀色を捉えるが、人の波に妨げられ追いかけられない。百円玉は数メートル転がり、勢いを失って床に倒れた。
(おっ、止まったラッキー! って……アレ何?)
ピタリと止まった百円玉の、横。
着物姿
おかっぱ頭
眉の上で切りそろえられた黒髪
真っ白な顔に紅で彩られた小さな唇
(……見てはイケナイ系じゃない? アレ)
着物姿のアレは、背筋を真っ直ぐに伸ばして立っている。しかし全長は、歩く人の脚の長さに全く足りていない。人間と呼ぶには、小さ過ぎる。
(日本人形?)
低い姿勢でフリーズした彩菜の隣に、紡の気配。
「へえ、瑠璃色の着物なんて珍しいね」
「あ、見えてますか? 見えてて大丈夫な感じですか?」
「え? うん見えてるよ。あれ正月人形だね」
「正月人形?」
人形であるのは間違いないようだ。しかし一体どこから。
当然の疑問を持って人形に視線を。彩菜がハテナと首を傾げた瞬間、
[ ミエテルノ? ワタシガ ]
彩菜と紡、尻餅は二人同時。思わず手を握り合う。
「えっ!? もしかしてツムさんも聞こえたの?」
「聞こえちゃったあァッ! ヤダどうしよう! 見えてて大丈夫って、そういう意味?」
ヤダと言いつつ、紡の顔には笑み。人形はそれに答えたのか、表情を和らげたように見えた。
ふっと人形の足元が浮き上がる。背中を向けてスウッと移動。振り返って、手招き。
「どうするの? 彩菜ちゃん」
「え? どうするのって……まず百円を拾います」
彩菜は腰を持ち上げ、百円玉の元へ。拾ってコインロッカーに投入。施錠完了。
「落ち着いてる! さすが」
「買った物がなくなったら困るんで……えっと、どうしようかな」
[ ネエ オイカケッコシヨウヨ タイクツナノ ]
彩菜が行動を決める前に、人形から要望アリ。そして人形は移動開始。彩菜と紡、二人だけが、その行方を目で追う。
(え? マジで? 人形も走るの師走って)
どうでもいい疑問をあえて脳内に巡らせながら、彩菜は小さな瑠璃色を追いかけ始めた。
「ところで、正月人形って、何ですか?」
「その名の通りなんだけど、女の子の成長を願って贈る、お守りみたいな物だよ。ほら、お正月に飾る羽子板。あれもそうなんだけど、縁起物も兼ねてるよね。男の子なら破魔矢。女の子に贈る人形って言ったら、たいてい雛人形を思い浮かべるけどね。僕も久しぶりに見たもん、正月人形」
解説に頷きながらも、彩菜は人形の背中は見失わないよう注意を払っていた。小さな人形は、あちこちに視線を振りながらグングン先に進む。
「何かさぁ、子供だよね完全に」
「そう、ですね」
紡が子供と表現した通り、人形が興味を示すのは全て子供が喜びそうな物ばかり。おもちゃ売り場にお菓子売り場。当然のように商品を眺め、次の場所へ。ぴょんぴょんと跳ねるような仕草も見せ、どこか可愛らしい。
彩菜は時折店員や客の表情を盗み見て、自分達以外の人間には人形は見えていない事実を確認した。そして冷静に、人形が現れた理由を探っていた。
牙彫刻のカナリア、自在置物のヘビ。そして立体刺繍のカーくん、ワガハイ。それらを相手にしてきた彩菜にとって、人の形をした存在など恐れるに足りない。そもそも人形からは邪気のひとかけらも感じない。よって怖いワケがない。
考えること数分。というより、初めから答えは出ていた。直感で。
「あの人形も依代《よりしろ》なんですかね?」
「ヒトガタだからね。そうなりやすいのかも」
「否定しないんですね」
「したほうが良かった? 僕はよくわかんないからね。でも無邪気ってことはわかるよ」
彩菜、紡と視線を合わせて頷く。
ケーキ屋の前で動きを止めた人形。彩菜はその背後に近づき、しゃがみ込む。
(私に、何をして欲しいの? 何が、したいの?)
[ ママト パパニ ダッコシテモライタイ ]
(え?)
[ オネエチャンニハ ワタシガミエテルカラ ワタシノキオクモ ミエルトオモウ ]
正月人形はクルリと振り返った。そして、コツン。小さな額を彩菜の額に合わせた。