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捨て犬男とノラ猫女:Jun.2

終礼の後、一服をする喫煙組を残し、賢太はロッカールームへ。ジーンズはじっとりと濡れたまま。履くのを躊躇っていると、チーフの西がやってきた。ロッカールームで会うのは初めて。

「お疲れ様です」
「お疲れ。ジーパン、完全に濡れてるね。風邪ひかないようにね」
「はい」

西は黒いワイシャツを脱ぎ、Tシャツの上に白とグレーのストライプシャツを羽織ると、すぐに出て行った。制服の黒いスラックスと、黒いスニーカを履いたままで。

――いいの? あれ

制服での出退勤は違反、とは言われていない。賢太はジーンズと脱いだ靴下を丸めて持ち、濡れた靴をロッカールームの隅に揃えて置いた。

居酒屋で同じテーブルについたのは、五人。森川が加わっていた。乾杯は適当に。追加注文も各人好きなように。付き合いはそれほど深くない。しかし、それが良いのかもしれない。互いの領域に深く入り込んでいないせいか、妙な気遣いをしなくて良い。最低限のマナーを守るといった程度。非常に楽だと賢太は感じていた。

明日は寝て過ごせるという余裕からか、酒が進む。大野は小さな顔に、大きなジョッキを傾けている。篠田はその隣で、まるでニコニコとその様を眺めている。飲酒初心者の姪を見守る叔父さんのようだと、賢太は思わず顔を緩めてしまった。

賢太の隣には森川、森川と大野の間、お誕生日席に小柳。小柳は通路に一番近いからか、すみませーんと声を張って店員を呼んでくれる。仕事中は、動きが遅い、もっと周りを見て、とぶっきらぼうに言い放つ事もあるが、かなり面倒見の良いタイプだ。小柳は森川と、台のメンテナンスの話で盛り上がっている。なかなかマニアックな盛り上がり方だと、賢太は思った。

和やかに、楽しく、時間は過ぎる。テーブルの上に飲み物だけの状態になった頃、小柳と大野は自分達の将来について語り始めた。

「私は、卒業してもすぐに就職したくないんだよね」

凛とした表情で、小柳は言い放った。

「自分の専門だけじゃなく、色んな仕事してみたい。カフェでも働きたいし、アパレルもやってみたい。あと普通のOL。で、色んな所で色んなものを見て、自分の本職に生かしたい」

おお、と言いながら、森川は小さく拍手を贈った。そして、呑め呑めと言うように、小柳にジョッキを渡す。

「小柳も大野もデザイン科だよな? 具体的には、何をデザインすんの?」
「商業デザインってわかる?」
「いや全然」
「いくつかに分けられるんだけど、大野は広告。雑誌とか宣伝ポスターとか。私は展示デザイン。ショールームとか、ああいうの」
「取り扱う商品をいかに魅力的に見せるか、みたいな」
「そんな感じ。ぱっと見て素敵だなって印象に残るようにね。だから色んな場所を見て、ここにどういったものがあれば空間がより洗練されるかとか、華やぐのかとか、そういうのを体感して学びたいって思っている」

小柳の言葉に、森川は感心したように頷く。賢太は、興味がある分野だと、小柳の話に聞き入っていた。

「はいっ」

大野が挙手をする。
「私は海外に行きたいです!」

大野は、まさに酔っていますといわんばかりに頬を染めていた。その隣で篠田は少し眠そうにしている。

「まずはアメリカから。南米も行って、ヨーロッパも回って、アジアも制覇して、日本に戻る!」

大野は、ぐっと拳を握って見せる。森川は呆れたように、右手の親指と人差し指でマルを作り、カネを表して見せる。いいぞいいぞ! と声を上げた小柳。その音で、篠田が閉じかけた瞼を持ち上げた。

――無茶苦茶だけど、いいよな、そういうの

賢太は、素直に羨ましいと思った。小柳も大野も二つ年下。二つしか違わないのに、夢に対する熱量には相当差がある。勿論、熱が高いのは賢太ではない。

「でもさあ……」

急にトーンダウンし、大野はぐいっとジョッキを傾けた。


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