ひのき舞台は探偵と一緒に:1.オーディション#4
思考停止寸前で立つ彩菜の肩に、緑子のぬくもりが触れる。細くしなやかな指先が肩を撫で、彩菜は背筋を震わせた。
「ほんっとごめんなさいね、何の説明もなしに……座って話しましょうか」
「……はい」
彩菜はソファーに戻り、続いて緑子と明も元の位置に戻る。
「えっと、何から話そうかな……」
うーむ、と考える緑子の横で、明はヘビを首から外して腕に巻きつける。
「簡単だろ? 探偵助手の面接受けに来て、それに合格したって話。なあ?」
なあ、と語りかけた相手はヘビ。彩菜の目にはとても【普通の光景】には見えないが、緑子はさも日常といった様子で会話を繋げる。
「そうだけどさ、どんなことをしてもらうのか、ちゃんと説明しておかないと」
「つーか、本人にホントにやる気があるかどうかだろ?……なあ、お前ホントに探偵助手やるつもりか?」
「え? あ、まあ……はい。そのつもりで参りました」
「んじゃ決まり。お前みたいな顔のヤツなかなかいないしな。しかも目と耳はおとーさんのお墨付き。でもって女優だろ? なら芝居はお手のもんだ」
(……今、なんつった?)
お前みたいな顔のヤツ?
お前みたいな顔のヤツ!?
彩菜の堪忍袋、大爆発。その勢いで立ち上がる。
「ちょっとアンタっ!! 初対面で人の顔いじるって何様のつもり? 悪かったわねブスで地味でオーラなくてこんな顔のヤツで!! こんな顔のヤツが女優名乗ってクソ暑くて忙しい日に面接受けに来て悪かったわねっ!!」
言い終え、残響が去り、静寂が訪れる。肩で息をする彩菜。座してそれを見上げる明と緑子。彩菜はトートバッグを手にドアに向かう。
[ マッテ! ]
彩菜の足を止めたのはカナリアの声。シーリングファンへ向かった彩菜の視線。じっと見下ろしてくるカナリア。
「どうして……どうして聞こえるの?」
当然の疑問を思わずカナリアに向けた彩菜。カナリアは答えない。代わって宙を揺らしたのは、明の音。
「えーっと……スマン、悪い……そんなつもりじゃなくてだな……あー、えっと……」
立ち上がり、明は頭を下げた。
「ごめんなさい」
パサリ。頭に巻きつけたタオルが床に落ちる。それを拾い上げたのは緑子。たたんでテーブルに置いた後、立ち上がって胸の前で両手を合わせた。
「私も謝るわ。ワケがわからない状況に追い込んでおいて、失礼な物言いまで……本当にごめんなさい。あんな言い方されたら怒って当然だわ。でも、もう少しだけ話を聞いてくれないかしら? ちゃんと説明するから……そうだ! 珍しいお菓子があるの。せっかくだし食べて行かない? ね?……ハットも忘れてるし」
スッと動いた緑子の視線。ソファーの上、ポツンと置かれたハット。置きっ放しにして退場する程、彩菜は物に余裕のある生活をしていない。
「ね?……もう少しだけ。お願い、滝本さん」
瞬いた緑子。ほんの僅かだが、大きな目が潤んで見えた。
「……もう少しだけ、ですよ」
「ありがとう!」
緑子は両手を胸に当てて頭を下げ、部屋の奥のキッチンスペースに向かった。
ソファーにトートバッグを置き、彩菜は明を視界の端に留めた。その顔は、自分に向かっている。
「何でしょう? まだ私の顔にご意見が?」
「あ、いや……アンタ、ブスじゃねえよ。マジでブスじゃねえ……つかオレ、ブスって言ってねえし」
「あ……」
確かにブスとは言われていない。彩菜は感情に任せて自分に対する自分の評価を口にしてしまったことを恥じた。しかしテヘヘと笑って誤魔化す気になるワケもなく、口を噤んで立つ。
「あのさ、アンタは……地味。でも別に悪いことじゃねえよ。ブスより印象に残んねえし。あ! いや変な意味じゃなくて! なんつーか……そういう素材が必要なんだよ、俺達にはさ」
彩菜がピクリと反応を示すと、明は視線を素早く逸らした。
(露骨だなオイ……)
ピアスだらけの耳を掻き、テーブルからタオルを取って頭に巻き直す明。その視線はじっと、床に向かっている。
(そんなにショげられても……悪気はないのはわかったし)
明を取り巻いているのは、腹が立つほど素直な、反省の気配。彩菜は感じ取った気配を受け止め、静かに息を吐き、明に体を向き合わせた。
「さっきの、訂正してもらえます?」
「さっきのって、何を?」
「ブスより印象に残らない地味顔ではなく、可能性を秘めた地味顔、ということで」
「は?」
「地味は地味なりに、いい仕事しますから」
【ひのき舞台は探偵と一緒に:2.舞台裏】に続く