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Transparent cloud – 4

モモとミドリ。空間に2人きり。エレベーターのドアはピタリと口を閉じている。2人も同じように、揃って沈黙。

【 ここ 】のエレベーター内には階数ボタンが無い。その代わりに、アルファベットの書かれたボタンが備わっている。縦に並んだ3つのアルファベット。上から順に、W、L、S。


W → working area ( ワーキングエリア )
L → living area ( リビングエリア )
S → storage area ( ストレージエリア )


おそらくそういう意味。

モモはSのボタンを押し、重厚なドアが開くのを待った。速まった心音が狭い空間に漏れ出してしまうような気がする。

(とにかく、落ち着かないと……)

モモは意識的に呼吸を整えた。気を紛らわすつもりで視線を宙に走らせる。右にはミドリの輪郭。高い位置にある目。視線は真正面を見据えている。

「コードナンバーF始まりって事は結構大きいのかな?」

そっと動いた口元。ミドリの柔らかな響きが鼓膜に触れても、モモの鼓動は落ち着きを取り戻さない。

「そうなるのかな……」

ミドリが言ったコードナンバーF。Mosからのメールにはアルファベットと数字を組み合わせた文字列が記されていた。


F―12151137―MOM―E


頭文字の《 F 》は furniture(ファーニチャー) 、家具類を指す。続く8桁の数字《 12151137 》は、届いた日付と預かった時刻。

12月15日 11時37分


そして《 MOM―E 》は、モモの個人認証コードの略。

MOMO―EYES


《 F 》に分類されているのなら、それなりに大きな物なのだろう。しかしモモは、自分の母親が、自分に何を送ろうと考えるのか、全く見当がついていない。

そんな状態のまま、エレベーターは当然の如く停止し、ドアが開いた。

(落ち着いて……1人じゃないんだから)

駆け出しそうになった足を制し、モモはミドリのペースに合わせて歩いた。一緒にいるのがアオだったら、2人揃って駆け出していたかもしれない。ふとそんな思いがよぎり、モモは心臓に細い針の刺激を感じた。

結局アオに話せないまま、この日が来てしまった。胸元がざわつくのは、この状況に対する緊張感なのか、アオに対する罪悪感なのか。

速まったままの鼓動は手の平に汗を呼び、ミドリとの接触面はとっくに湿り気を帯びている。

「ごめん……汗だらけにしちゃった」
「気にしないで。って、僕も十分汗かいてるし」

ふっと緩んだ、ミドリの目元。レンズの奥のぬくもりに安堵を覚え、モモはミドリの手を離した。それとほぼ同時。ロッカールームと呼ばれている一時保管庫を視界に捉える。

モモは足を速め、ミドリはそれを追い、ロッカールームの入り口には、ほぼ同時に到着。

入り口に貼りついた小型モニター。まずモモが、それに顔を向ける。顔認証システムの許可が下り、続いてミドリ。問題無くパスし、2人はロッカールーム進入した。

背後で閉じる自動ドア。ロッカールーム内は、ほぼ全面がグレー。モモは右壁に設置されたタッチパネルを指先でタップした。即座に入力画面が表示される。

そこにMosから送られてきたコードナンバーを入力。直後、通路に埋め込まれた極小のライトが点灯。その光を辿れば、荷物が保管されているロッカーに辿り着けるというシステム。

洋服や日用品を注文した際に利用しているから、そのシステムには慣れている。足元のライトを辿って、真っ直ぐな通路を進む。視界の左右を埋めるのは、ロッカーのビル。区画整備された街のように、通路は左右対称に枝分かれしている。天井付近から見下ろせば、おそらく碁盤の目のような景色が見られるのだろう。

(そういえば、ここってどれくらいの広さなんだろ……)

これまで何度か訪れたが、広さについて特に思う事はなかった。今は、無駄に広い空間に感じる。それ程気持ちが先へ先へと急いでいるのかもしれない。

真っ直ぐ進んで右。
10歩程度進んで左。
しばらく進んで右。
5歩も進まず左。
小さな光のナビゲーションが続く。

(まだ? …………どこまで連れてくつもり?)

まるで迷路。抜け出せない。

そんな感覚に襲われると同時。視線の先に赤い瞬き。ロッカーの扉。小さなランプが点滅している。

モモは赤い瞬きに向かって駆け出した。その走りに付き合ったミドリが、ロッカーと顔を合わせながら長い息を吐き出す。

「……ここみたいだね」

どっしりと床に構えたロッカー。高さはモモの身長と変わらない。おおよそ1m50cm。

横幅は高さの3分の2程度。それが2つ重なり左右に連なる。ランプが点滅しているロッカーは下段。解錠はランダムテンキー式。モモはコードナンバーにあった8桁の数字を打ち込んだ。

12151137

微かな電子音が鳴り、続いて金属音。解錠の合図。モモの手は胸元で拳を作ったまま、動かない。

「……モモ? 大丈夫? 僕が開けようか?」
「自分で……自分で開ける……うん開ける。開けるよ」
「うん」

小刻みに震えた指先で、グレーの扉を手前に開く。目に映ったのは、白いキャスター付きのワゴンに乗った、大きなプラスチックケース。

ロッカーは意外に奥行きがあり、中は暗く、そのままの状態では中身が確認出来ない。

「出してみる?」
「……うん」
ミドリと一緒にワゴンを引き出し、モモはプレゼントと対面した。

プラスチックケースは優しい透明
中に白い包み
柔らかな素材
ふわついた髪の毛
閉じた目
緩く握られた手

ケースに収められた物体を先に認識したのは、ミドリ。

「え? …………これって、赤ちゃん?」

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