ひのき舞台は探偵と一緒に:5.キャスティング#2
ツルリと美しい曲線を描いた頭部。目の部分は美しい楕円形。鼻の部分は尖り過ぎず、滑らかにスロープを形成。息苦しくないようにとの配慮か、空気穴まである。口の部分は長方形にくり貫かれ、細い鉄の棒が縦に五本並んで溶接されている。小さな鉄格子のようにも見える。
彩菜はしばし渡された鉄仮面を見つめていた。なにゆえ、自分がそれを手にしているのか、全く見当がつかない。
「……えーっと……これは一体」
当然の疑問を音にしようとする彩菜。明は、その手から鉄仮面をとった。そして、
「これは、こうやって被るんだよ……よっ、と。おっ! やっぱピッタリじゃん!」
違う。一体どうやって被るんですか? と聞きたかったわけじゃない。
仮面の重みを首でコントロールしながら、彩菜は二つの穴から明を見据える。
「どうだ? 息苦しくないか? 大丈夫だよな!? さっき鼻の高さ確認したけど、計算通りだった。ピッタリ過ぎてオレの天才ぶりに鳥肌立つゼ!」
ハイテンションな明に蹴りを入れるのは簡単。しかし今は、【何故】を解決するのが先。
彩菜は、小さく手を挙げた。明がそれに気づいたところで、静かに音を紡ぐ。
「……これは一体、何なんでしょーか?」
「仕事だよ」
「はい? ああ、えっと、聞き方が悪かったんですかねえ……コレとは、鉄仮面を含む、この状況という事ですが?」
「だからこれが、お前の初仕事に必要なアイテムだ」
「は?」
「は、って……潜入捜査すんだろ? 俺お手製グラディエーター風鉄仮面・鉄子一号を被ってな!」
アホ過ぎる回答で全くワケがわからない。ドヤ顔全開の明に対し、彩菜の顔面は、鉄仮面の中でゼロの表情に。しばし間をおき、静かに鉄仮面を脱ぐ。グラスに残った水を飲み、ふうと息を吐いて鉄子一号と向かい合うと、思考回路にソレを装着した自分が舞い降りた。
黒い光を宿した鉄仮面
クールなフォルム
シャープな目元
カッコイイ……
「ンなワケあるかーーーーーっっ!!」
「うおおっっ!! やめろよいきなり大声出すの! 何だよっ!」
「何だよはコッチのセリフだから! え? 何? コレ被って潜入って何!?」
「え……あれ違った? ちょっと待て……」
ゴソゴソ。明はスマートフォンを取り出し、何やら確認中。
「えーっとな……あ、何だよ、コレ見せりゃー良かったんだな。ほらよ」
ズイッと彩菜の目の前に画面が迫る。緑子からのメール。これを読めという事か。
(最初からそうしてよね。何で緑子さん私にメールくれなかったんだろ……)
◎ ご依頼内容
占いにハマっている元政治家宅にて偽占い師の調査
元政治家A氏は引退後気力の低下により引きこもりがちに。
一年程前、ある占い師の記事に興味を持ち、その人物を自宅に招くように。
何度も会ううちに洗脳されたのか「占い師様に言われたから」と奇妙な行動をとるようになった。しかも多額の金を、占い師に言われるまま、とある団体に寄付している。
元秘書であったB氏は、占い師は詐欺師であり、A氏から金を巻き上げる事を目的としているのではないかと危惧。
そこで、別の魅力的な占い師をA氏に近づけ、偽占い師から心を遠ざけるよう仕向けたい。同時に偽占い師の正体を暴いて欲しい。
◇ 作戦
探偵とともに滝本彩菜(以下タッキー)が潜入
探偵達はA氏の屋敷にて情報収集
タッキーは占い師として定期的に屋敷を訪れ、探偵からの情報を受け取る。占い師を魅力的にミステリアスに演出するため、ビジュアルに工夫を。同時に身体の安全も考慮。鉄仮面で顔を隠す(万が一頭部への攻撃があった場合にも防御可能)。
服の下には防弾可能な装備を(かさばらないようなもので)。
タッキー以外のメンバーは、できる限りのサポートを。
以上。ちゃんとタッキーに説明しなさいね、貴方のほうが先輩なんだから! 早く打ち解けなさいよ。アホなりに頑張りなさい。ヨロシクね♪
(……緑子さんって優しい)
しかし貴方の思いは明に届きませんでしたよ! と思わず目頭が熱くなる。
スマートフォンを明の手に。何と言っていいのやら。力が抜け、彩菜はソファーに座り込んだ。明も腰を下ろす。その首には、いつの間にか自在置物のヘビが。一瞬黒い舌がチロリと見える。続いて、彩菜だけに聞こえる、あの声。
[ アキラハ コレデモシンケンダ ワカッテヤッテクレ ]
(主のフォロー? よくできた工芸品だねえ)
[ ヌシトハオモッテイナイ ナカマダ ]
(! 私の心を、読んだ?)
[ ヨンダワケジャナイ キコエタ オレタチト ハチョウガアウンダナ オタキ ]
(おタキって……貴方の名前は?)
[ クロガネ ]
(カッコイイじゃん)
[ ヨセ ]
小さな一言を最後に、ヘビは沈黙。
「なあ……おい、おタキ! 聞いてんのか?」
「え? 全然聞いてなかった。何か言った?」
「言ってねえけど」
「クロガネのほうがしっかりしてるな」
「あれ? コイツの名前教えたっけ?」
「本人に聞いた」
「マジか! いいなー、コイツと話せるなんてよ。マジで羨ましい!」
疑わない。明も緑子も紡も、どうして疑わないのだろう。
(聞こえる本人は不思議で仕方がないのに。ここの人達は、本当に何考えてんだろ……)
否定されていないのに苛立つのは、何故なんだろう。認められているのに、何故。自分に【普通じゃない】何かが欲しい。ずっと、そう思っていたはずなのに。
(ああっ! ダメダメ。それ考え始めると止まらない。まずは計画の詳細、って、わからない人間から聞こうとするからイライラするんだ……とりあえず、理解できた部分をまとめよう)
自分を説得し、彩菜は緑子の記した文面と、明の作った鉄仮面を繋げてみる。
「コレを被って、占い師を装い、元政治家A氏に近づいて、魅了するのが私の役目。探偵達は屋敷のどこかに置いてくる、って事ね」
「俺の説明だとそうなるな」
してねーだろお前は! と言いたい気持ちを飲み込んで咳払い。言葉を続ける。
「A氏が誰かっていうのは、口頭で聞いてたりする?」
「コートー?」
「直接、緑子さんから、A氏の名前を、聞きましたか?」
「聞いてねえけど、オッサンでシチサンでスーツ着てるヤツだろ」
「政治家ってのはだいたいがオッサンでシチサンでスーツ着てるよっ!」
「合ってんじゃん! つーか何か問題あんのかよ、この計画に。なかなかの計画だろ?」
「結構な無計画だよ! コレ、この鉄仮面、ホントに必要?」
「不満なのかっ? 鉄仮面のどこが不満なんだよ! つーかコレコレ言うなよ、オレの鉄子を!」
「そこピンポイントで攻めないでよ! そもそも占い師って何よ? 占いなんてやった事ないし」
「は? お前、女優だろ? どんな人物でも演じんのが仕事だろ? やった事ねえ職業は演じられねえのかよ。じゃあ死体役がきたらどーすんだ? 一回死んでみんのかよ?」
「なっ…………」