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ひのき舞台は探偵と一緒に:17.休演、代役、そして……#2

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町田航による蛭田早知子殺害計画について

元国会議員蛭田早知子の甥・町田航は、蛭田の資産を狙い、殺害計画を立てた。協力者である占い師を称していた男とは、薬物の売買を通じて知り合ったとの事。

少量の薬物を蛭田の食事に混ぜ、毎日摂取させる事で徐々に命を縮める。気持ちを抑制する効果のある薬物であり、あわよくば自死に持ち込もうという計画であった。

薬を使用する前に蛭田の飼いネコの餌に同様の薬を混ぜ効果を試そうとしたが、ネコは町田に懐いておらず、手をひっかくなどして抵抗。それに激怒しネコに大量の薬を投与して死に至らしめる。

経緯を知らない蛭田は、飼い猫の亡骸を発見し、管理を怠った自分の責任であると非常に落胆した。町田はそれを期に、蛭田の食事に前述の薬物と抗不安薬を混ぜ、蛭田の気持ちを静め気力を奪っていった。

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 彩菜が、探偵・鷹丸が記した報告書を目にしたのは、あの日から二日後。鷹丸は警察関係者を名乗る人物とともに九乃探偵事務所にやってきた。そして所員を前に【存在したもうひとつの依頼】について語った。

『 俺が調査するように依頼されたのは、町田航による蛭田早知子殺害計画と違法薬物の使用について。九乃の親父さんから回ってきた案件で、お前らが蕗島って元秘書から受けた依頼と平行して調査できないかって。素人ばっかだからサポートしてくれって意味合いもあったのかもな。そっちの案件も俺のほうでって話もしたんだけど、どうしても滝本にやらせたいってさ……

アンタの父親の話、聞いたよ……結論から言うと、今回の件に関わった形跡はない。あったとしても証拠残すような真似しねえよ。そんなヘボい詐欺師ならとっくに捕まってる……あの時現場から消えた偽占い師は拘留されてるよ。実は随分前に警察に自首してたんだ。あくまで自分の仕事はヤクの売買、金が欲しいと思って詐欺師の真似ごとをしてみたけど殺人の共犯にはなりたくない、協力するから罪を軽くしてくれってさ。だからあの場所に、あんだけの仕かけを準備できたワケだ。しかもなかなかの役者だったしな……

アンタさ、あの時プロジェクターに気づいて混乱したんだろ? 何でこんな物あるんだって。あの状況で冷静に観察できるってどういうことだよってビックリしたよ。目の前に幽霊もどきがいるってのに。アンタはホントに、本物を見極める力を持ってんだな 』

 鷹丸の説明は、ざっくりしたものだったが、隣に座る警察関係者の代わりに「話してくれている」のだろうと理解した。そして警察関係者と名乗る人物は形式的な謝罪の言葉を発し、鷹丸の説明を固い言葉で繰り返しただけだった。守秘義務と言われればそれでおしまいだと彩菜も含めて皆が理解し、質問をぶつける気にもならず、ただ話しに耳を傾けているだけの状態だった。

(鷹丸さん、実はもっと色々知ってたんじゃないかな。つーかホントに何者なのあの人……あーあ、あんな思いして真実は藪の中とかヒドくない? 何だったんだろうねアイアン鉄子って。ホント何だったんだろ……)

 あの日町田にナイフを突き立てたれた部位に手を。明特製鎖帷子のおかげで事なきを得たが、もしも頚動脈を狙われていたらと思うと全身に悪寒が走る。

(ったくこっちは紙一重で命繋いだってのに。いや、鉄一重か……ンなことどうでもいいよ! つーか依頼人が……ね)

 依頼人・蕗島から、彩菜宛てに手紙が届いた。そこには、まさかの真実が綴られていた。

 ◇◇◇

滝本彩菜様

突然のお手紙、お許し下さい。まずは貴方を危険に巻き込んでしまった事、心よりお詫び申し上げます。申し訳ございませんでした。私が何者であるのか、初めにお話しすべきだったのかもしれません。

私は蛭田の娘です。といっても一緒に暮らした記憶はありません。成人するまで真実を知らずに過ごしました。真実を知っても、蛭田に愛着も憎悪も覚えることはありませんでした。しかし不思議なことに、私も政治の世界に進むことを選んでいたのです。

素性を隠したまま蛭田のもとを訪れ、秘書という立場になりました。蛭田は良い人間でした。しかし政治家というものは真っ白なままではいられない生き物なのです。見たくない光景を何度も目にしました。それでもそばにいたいと思ったのは、私の中に母親を求める気持ちが芽生えていたからかもしれません。

この度のこと、本来私が止めるべきだったのかもしれません。血の繋がった子であると明かせば、蛭田の心を振り向かせることができたのかもしれません。しかし私には、その勇気がありませんでした。全く情けない限りです。

 ◇◇◇

 手紙の続きには、これからも蛭田を支え続けるという思い、いつかは娘と名乗りたいという思いが綴られていた。正直、知ってどうこうという内容ではない、と彩菜は感じた。

 自分も、親という存在とは縁が薄い。しかも父親は犯罪者。そういう点では、蕗島と共通点があるということになるが。

(真実知るのも覚悟がいるよね……自分が望んで知ったとしても、おもーいヤツもあるワケで)

 どんよりとした気配に包まれた彩菜の顔を、緑子がズズイッと覗き込む。

「どしたの? 飽きちゃった?」
「いえ、そういうんじゃないです……」
「……蛭田さん達の件?」
「はい……どうしても頭から離れなくて」
「そうよね……でも、考えないようにとも言わないけど切り替えも必要よ。今しかできないことだってある。目の前にある現実を楽しむっていうのも、とても大切だと思うわよ」

 言い終えて、ニッコリ。とても温かな笑顔。の裏に隠れた物欲。否、隠そうともせず緑子は、開店をウズウズと待ちわびている。あまりに正直なオーラが伝播したのか、彩菜の中にも沸々とワクワク感が。ポケットの中の【買い物メモ】を握り締めた途端、視界の端に動き。

「大変お待たせいたしましたーーー! 開店いたしまーす」

 ハッピ姿の男性店員がハリのある声を上げ、列を成していた人々は店内へ。急いでいるようでゆったりと、焦りを前面に押し出さないように。どことなく気取った波に紛れた四人。

「いい? 老若男女、皆俗物! 遠慮なんていらないわ。思う存分ゲットしてちょーだいっ」

 気合ばっちりの緑子は、明とともに上りエスカレーターへ。彩菜は紡とともに下りエスカレーターに乗る。

「お餅は重たいから、最初にお雑煮の材料にしよう。デパ地下だから、おいっしい食材いっぱいあるよ!」

 紡は満面の笑み。彩菜の左手は、いつの間にかしっかりと握られている。振り払う余裕もなく、むしろ人波に切られてしまわないよう強く握り返し、彩菜は地下食品売り場へ向かった。


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