見出し画像

ひのき舞台は探偵と一緒に:14.駄目だし#4

『 私の家は裕福ではなくてね、本なんて買ってもらえなかった。家の近所に寂れた本屋があって、そこの主人が読みたい本を好きに読みなさいと言ってくれた。どうせ暇な本屋だから、ここで勉強しても良いってね……毎日そこへ通ううちに私は本屋の主人に恋をしたの。高校を卒業したら東京の大学に行くんだって決めていたのに心が揺らいで……

どうしても気持ちを抑えられなくて告白したの。そうしたら叱られてね。君のような若者が刹那的な恋に溺れるんじゃないって……だけど何度も何度も告白した。本気なんだとわかってもらいたかった。その人はとても困った様子でね……それで……一度だけ関係を持ってくれって頼み込んだの。恥ずかしい話よね……

そういう関係になってすぐ、その人は店を畳んでしまった。そしていなくなってしまったの……亡くなったと知ったのは、本屋の前に喪中の紙が貼られた時。末期ガンだったそうよ……ショックだった。だけど新しい命が私の中にあった。どうしても産みたくて、中絶ができない月齢になるまで必死で隠し通したわ。両親は当然動揺した。怒ったし泣いたわ……

酷い娘だって自分でも思ったの。産まれた子が息をしていなかったと聞かされた時は、報いだと思ったわ……早産でね、なんとか産めたけど私は気を失ってしまった。目覚めた時、赤ん坊はいなかった。死んでしまった子を私に見せまいと、両親が気遣ったんだと思ったわ。産後なかなか布団から出られなくて、その間に弔いを終えて、遺骨すら抱けなかった……

あの子をずっとずっと、忘れずに生きてきた。何十年も心の中で謝り続けて、いつかあの世にいったら会えるんじゃないか、会いたい会いたい……そう思っていたら、あの占い師が現れた。初めて会った時、言われたの……お嬢様を亡くされ、随分とお心を痛めたようですね、と……

産まれたのが娘だと知っているのは、私と両親と産婆だけ。あの人は私の過去を見て、娘だと言ったのよ! 私は占って欲しいと頼んだわ。私があの世で娘と出会えるのか……あの人は言ったわ、あの世まで行かずとも現世で会えましょう、ただし、これまでの悪行を浄化できればと……娘は生きていると言ったのよ! 死産ではなく、産まれてすぐに里子に出されたんだと……

今すぐにでも会いたいと言ったわ。だけど、私の持つ負の気が邪魔をしていると言われたの。何をすれば良いのか教えを請うて、ある団体に寄付を始めたの。元々表には出せないお金、だから何の迷いもなかったわ。必要ならどんどん使って欲しいと……

ごめんなさい。幻滅したかしら……ネコになっていたのは、飼い猫を死なせてしまった罪を浄化するため。きっと屋敷に閉じ込めて外に出さなかったから、気を病んで死んでしまったのよ……私は身を持って猫の気持ちを知ろうとしていた。そんな時に貴方が……に現れ…………それで私は…………』

***

「お話を聞いている途中で、私は気を失ったようです。そして目覚めたらここに……町田さん。貴方はあの占い師から情報を得て、蛭田様の過去を知っていたのではありませんか? そして秘密裏に里子に出されたお嬢さんを探した……そして見つけたんですよね? 私の母を!」
「待て、ちょっと待て! 貴様、本当に何を言っているんだ!?」
「とぼけないで下さい! 私の存在を消してしまおうという魂胆でしょう? 何て卑怯な!」
「待て本当にわけがわからない……貴様狂っているのか!?」
「黙りなさいっ! 狂っているのは貴方のほうです!」

 ジリッと、彩菜は町田に近づく。町田は狼狽しているものの狡猾さを宿した気配は消えず、スマートフォンを握り締め、彩菜を睨み返してくる。

 ≫ こちらまで聞こえていますよ
  町田さん……アイアン鉄子さん

 町田のスマートフォンから流れ出たのは、黒に染まった占い師の声。どうやらこちらが盗聴される側になっていたようだ。

「ああ、いや……申し訳ない。アイアン鉄子さんは、とんだ勘違いをしているようで」

 ≫ 勘違い? それはそれは……
  どうです?
  お二人ともこちらにいらっしゃいませんか

 突然の誘い。驚き。戸惑い。彩菜は当然だが、町田もまた、戸惑いを滲ませていた。じっとモニターに見入る、彩菜と町田。画面の中の占い師は、微動だにしない。

 彩菜も町田も音を殺していた。細かい機械音が耳につき始めた頃、再び声が流れ始めた。

 ≫ 町田さん
  どのような状況であれ
  我々の成すべきことはひとつ
  そうではありませんか?

 淡々と、抑揚なく。しかしその言葉に頬を殴られたのか、町田は目に力を取り戻し、その嫌らしいほどギラついた眼差しを彩菜に向けた。

「せっかくのお誘いですから参りましょう……どうしました? 蛭田の様子も気になるでしょう? 貴方の、おばあさま、ですからねえ」
「……わかりました。参りましょう」

 凛と背筋を伸ばし、彩菜は小さな頷きを見せた。

 町田はニヤリ。上目遣いで彩菜を一瞥し、腰を持ち上げる。くるりと彩菜に背を向け、ドアを開け、さあどうぞというように、手で示す。今更紳士面されたところで、会釈を見せる気にもならない。

 彩菜はコツコツと踵を鳴らしながら、廊下へ。

「さあ、こちらですよ。行きましょう」

 逃がさない。そう言いたげに、町田はピタリと彩菜の横に沿う。歩きにくさを顔に出さず、きゅっときつく口を結び、彩菜は戦いの場へと向かった。


【ひのき舞台は探偵と一緒に:15.特殊効果】に続く


いいなと思ったら応援しよう!