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ひのき舞台は探偵と一緒に:17.休演、代役、そして……#5
胸元の人形が、コトリと砂利に落ちる。素早く拾い上げたママとパパ。二人と向き合う彩菜。言葉は出ない。深く頭を下げ、戻し、涙を拭って問う。
「娘さんだと、わかったんですね?」
「はい……貴方に、ルリが重なったんです」
涙を流し続けるママの隣で、パパは涙の乾かない頬をそのままに、穏やな声を放つ。
「この人形は私達が娘に贈ったものなんです。いつかあの子にも瑠璃色の着物を着せたくて、でも叶わなかったから……今朝もリビングにあったはずなのに……もしかしたらルリは、貴方に見つけてもらうために人形に宿って街に飛び出したのかもしれないですね」
「どういうことですか?」
「瑠璃も玻璃も照らせば光る……ああ、すみません、現実味のないことを……でもルリに会えて嬉しかった。本当に、ありがとうございました」
深々と頭を下げたパパ。ママも涙を拭いながら笑顔を見せる。彩菜は零れそうになるものを堪えながら、自分の音を放った。
「……お線香、あげてもいいですか?」
「勿論です」
およそ二時間。ルリといたのは、たったそれだけ。それなのに、ルリの存在は彩菜の奥底まで入り込んでいった。
(安らかに……役に立てて、一緒にいられて良かった……さよなら)
別れは笑顔で。ルリの両親に頭を下げ、方向転換。体は、いつのも自分の感覚。
(さて帰るか。って、うわー……最高にメンドクサイのが立ってる!)
墓地の入り口。泣き濡れた紡の姿。
「おづがれざまぁ……がえろう、がえろうゥゥゥ……」
「はい、って何で泣いてるんですか? ずっとここにいたんですよね?」
「ごめん。カーくん二号に……」
どうやら紡は、カーくん二号を通じて全てを聞いていたらしい。
「盗聴禁止! 来年は絶対に禁止ですからね」
「うん、もうしない、しません……帰ろう。アメ横に寄ってから帰ろう」
「え? 人混み嫌いなんですよね? アメ横って人混みどころの話じゃないですよ?」
「知ってる。テレビで見たことあるもん……でもね、何だか人恋しくなっちゃった。行こう、人混みへ。人のぬくもり溢れる場所に行こう」
「うーわ、ほんっとにメンドクせえ大人だな……」
と言いつつ、彩菜も人混みに身を投じたかった。何だか切ない。ルリが去って、ママとパパの涙に触れて、切ない。
「じゃー行きましょうか!」
「やったあ!」
駅までダッシュ。しかし紡はすぐに息切れ。頼りない手をとって彩菜は走る。嗚呼、大晦日。上野アメ横、一度はおいで。そこに待つのは年の瀬の賑わい。一年の働きへの労い。
(ヤバイ、大晦日、楽しいじゃん!)
今年一番のはしゃぎ様と言っても過言ではない。彩菜はここ数か月分の笑顔を、上野の夜に注ぎ込んだ。
***
「ふうーん、へえ~~~……で? 二人でアメ横を堪能したと? へえ~それはそれは」
デパートに戻ったのは閉店間際。コインロッカーの前で待っていたのは、鬼の形相の緑子。否、鬼より怖い緑子だ。
「えーーっと……申し訳、ありませんでした!!」
素直に謝罪。続いて言い訳。言い訳した後は更に謝罪。それ以外、許してもらえる方法はない。
「まあまあ、いいわよ仕方がないわよ事情が事情だからね……でもね、せめてコインロッカーの鍵は預けていって欲しかったわあ……ねえツムさん、貴方は残れば良かったじゃないの?」
「……ごめんなさい」
「かろうじて、かろうじて、食品は無事よ。ほんっと優秀な保冷剤で良かったわあ」
わあ、に欠伸をくっつけた緑子。とてつもなく酒臭い。
姿を消した彩菜と紡を待つ間、緑子は試飲とは呼ぶには大量の酒を飲み漁ったらしい。すでに泥酔状態である。このまま愚痴を聞いていたら、ここで年を越して、ここでおせちを広げるハメになる。
早く帰ろうとは言い出せず、俯いたままの彩菜と紡。重苦しい空気の中、黙して状況を眺めていた明が、珍しくキリッとした音を放った。
「ツム……やるか。アレを」
「仕方ないね。彩菜ちゃん、アレだよ……」
「アレですね。私は向こうの手配を」
明、紡、彩菜。顔を見合わせて頷く。次の瞬間、明と紡は緑子の華奢な体を肩に担ぎ上げた。泥酔して管を巻く緑子を上機嫌にする唯一の方法。明と紡が編み出した、緑子神輿。明は右肩に、紡は左肩に、器用に緑子を乗っけて上下運動。
「わーっしょい、わーっしょい!! どうだ緑子、楽しいか? 神輿だ神輿。メデタイだろ? それ、わーっしょい、わーっしょい!!」
まだチラホラ残っている客と従業員が唖然とした表情を向ける中、ギャハハハと高らかに笑う緑子神輿。明と紡は、わーっしょい、と繰り返しながらエントランスを抜け、外へ。
「こっちこっち早く! マジで目立ってるから!!」
彩菜がつかまえたタクシーに緑子を押し込み、彩菜と紡が続く。買い物袋を手早くトランクに積み込んだ明が助手席に乗り込み、無事発車。
(ほんっとにもう……めんどくせぇ大人ばっか……)
九乃探偵事務所前に到着したのは、年を越す数分前。運転士に、車内を酒臭くした詫びを入れ、頭を下げてタクシーを見送る。頭を戻すと、重厚な鐘の音が耳に届いた。
「マジか! 駐車場で年越しかよっ」
明は夜空に向かって吠える。
「ったく、アホみたいに道混んでたな。みんなどこ行くんだよ大晦日に!」
「ちょっと遅れて帰省だよ。皆さん忙しいの……明、お願いだから来年は賢くなってね」
「おう! まかしとけ!」
ドヤ顔の明にゼロの表情を向ける紡。彩菜は紡の表情に哀れみを抱きながら、どうか来年はまともな会話のできる年になりますようにと心で唱え、ドアの前に。鍵を開けたいが買い物袋がとんでもなく重い。ビニール袋の持ち手が腕にグイグイ食い込んで痛い。
[ モトウカ? ]
「ああ、大丈夫です。よいしょっと、開いたーー! お気遣い、ありがとうござい……」
彩菜は最後まで言葉を繋げられなかった。理由は単純。目の前に、見知らぬ女がいたから。誰? と問う前に、女の手が彩菜の肩に触れる。
[ コッチモワルクナイケド ヤッパリコッチカナ ウフフ ]
女は彩菜に笑みを飛ばし、ドアの左右に立つ門松に向かった。チクチクと尖った松葉に触れ、ふっと姿を消す。