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ひのき舞台は探偵と一緒に:15.特殊効果#2

 小さく呼びかけた彩菜。蛭田の反応は微笑のみ。そして彩菜と目を合わせず、黒に染まった詐欺師に顔を向ける。

「こちらのお嬢さんとは縁を切ります。ですから、彼女には退室してもらって構いませんでしょう?」

「何をおっしゃっているんですか!? 蛭田様も一緒に」
「ごめんなさい鉄子さん。貴方ひとりで……そうしたほうが良いわ。貴方のためよ」

何故

 彩菜の顔に浮かんだそれを、蛭田は見ようとしない。そして口は噤まれた。予想もしない、蛭田の申し出。納得できない。

(……ダメ。絶対に置いていけない! 一緒にここから逃げ出さないと)

 彩菜は蛭田を説得すべく真正面に移動。するつもりだった。

「残念でしたねぇ」

 強引に彩菜の体を引き上げたのは町田。後ろから羽交い絞めにする格好で、彩菜の動きを封じている。

「放して下さい!」
「すみませんねぇ、私は主人の言葉に従うだけですから。蛭田が縁を切ると言うのなら、貴方はもう関係者ではありません。用済みです」

 抵抗空しく、町田は強い力で彩菜を引き摺り、蛭田から離す。

「さあさあ、即刻屋敷から出て行っていただきましょう……と、言いたいところですが」

 町田は出入り口に向かうと思いきや、彩菜の体を引き摺ったまま詐欺師の隣へ。そして強引に彩菜をひざまずかせる。

「町田さん、そう乱暴に扱うものではありませんよ。特に女性はね」

 彩菜の頭上から降ってきたのは、詐欺師の声。やはり抑揚なく、これといった特徴もない。それが妙に腹立たしさ煽る。彩菜は憤りを微塵も隠さずに、詐欺師を睨み上げた。

(!……顔が、ない?)

 黒く薄いベール。その奥にあるはずの顔は、つるりとした素材の、のっぺらぼう。

「こんな顔で驚きましたか? こちらも少々驚いていますよ。まさか、こんな展開になるとは……」

 詐欺師の言葉は彩菜に向かっている。こちらを見るための目はないのに、開く口はないのに、まるで強い視線に突き刺され、尋問されているかのような威圧感。

(なんなの? 全部ゼロな感じなのに……)

 汗。彩菜の心臓は加速し、体温を上昇させる。ベールの奥の、詐欺師の表情。当然だが、それを読むことはできない。感情のない楕円形があるだけ。

(どうしよう……どうしたらいいの?)

 ひざまずいたままの彩菜。肩には圧迫感。がっしりと押さえつける町田の手を振り払う勇気も湧かず、顔ナシの詐欺師に対抗する言葉もない。耳元で助言を囁くカー君の気配もない。

(完全に敵の手中に落ちた、って事?)

 微かな諦め。彩菜が零したその気配を察したのか、町田の手から力が抜けた。しかし解放はせずに、笑いを堪えながら憎らしいほど丁寧な口調で、詐欺師に言葉を投げ始める。

「先ほどの話、聞こえてましたよねぇ」
「こちらのお嬢さんが、蛭田早知子の血縁なのでは、という内容でしたね」
「ええ。勿論そんな事実はございません。いくつもの調査会社を使って調べに調べましたから……ですが、このような輩がおりますと厄介でして……ですから、口を噤んでいただこうかと」

 バクン。町田の放った言葉に、彩菜の心臓は過剰に反応。口を噤んでいただこう。とは。

(まさか……まさか、とっても物騒なこと考えてます?)

 問いを言葉にできない。町田の顔を覗き見るのが怖い。しかし目の前に立つ詐欺師の顔には表情がない。もっと怖い。

 スッと、詐欺師の楕円の顔が町田に移る。

「それは少し乱暴なのでは? ただ縁を切ってもらえば良い話でしょう」
「念には念を、といったところです。それに何も話せない状態にしてしまおうなんて考えていませんよ……そんな、殺してしまおうなんて恐ろしい。そんなまさか! 殺すなんてねえ……」

 恐ろしいと言いながらも、町田は言葉終わりに笑いを漏らした。肩に触れた手に、刹那力が込められる。

(コイツ殺す気満々じゃん! いやマジでヤバイからこれ!)


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