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ひのき舞台は探偵と一緒に:17.休演、代役、そして……#4
◆◆◆
鼻から。喉から。腕から。
太さの異なるチューブが、体の至る所から伸びている。
「ルリちゃん、退院したらデパートに行って可愛いお洋服買いましょうね」
優しくどこか物悲しい声に頷く。
でも気持ちだけ。首は動かない。
(ママ……ママ)
声にならない。
「お誕生日のケーキは、どんなのがいいかな? お正月よりもルリのお誕生日が待ち遠しいよ」
穏やかな響きは男性のもの。
(パパ、パパ……)
やはり声にならない。
(ママ、パパ……デパートって、たのしいところ? おしょうがつって、なあに?)
遠のく。意識が遠のく。
「ルリちゃん? ルリちゃん!!」
「ルリ……ルリ!!」
◆◆◆
彩菜の中に入り込んだのは、人形に宿った、ルリの記憶。
(見えた……貴方の記憶、ちゃんと見えたよ……)
私が泣いている場合じゃない。彩菜は涙が零れ落ちないよう堪え、ルリに手を伸ばした。黒髪を撫で、ぎゅっと抱き寄せる。
「ツムさん、わかりましたよ、この子が現れたワケ」
「……僕も、知っていいのかな?」
[ イイヨ オジサン ]
「ありがとう。でも複雑……」
ルリのオジサン発言にもやついている紡を放置し、彩菜はルリを抱いて通路を進む。どこへ行くのかはルリの意識が示してくれる。賑やかな売り場を通り抜け、エントランスへ。
「待ってよーーー!」
追いついた紡。彩菜の手を取れずに、着物の裾に手を隠す。
「ねえ、荷物どうしよっか?」
「大丈夫です、すぐ戻りますから。ツムさんは残ってていいですよ」
「やだ僕も行くの! 今日は一緒にいるって約束したでしょ!」
「メンドクサイなあ、もう……」
逃がさない! と言わんばかりに、彩菜の左腕にキチっと腕を絡ませた紡。クスクスっと、こそばゆい気配が彩菜の胸元に伝わる。
ルリが笑っている。あの記憶を見た後の笑み。救われる。救いを求めてきたモノに救われる不思議。
(何だろ、この感じ……あったかい、かな?)
苦しさの共有は辛い。しかし求められるのは、正直嬉しい。
不思議な感覚を携えたまま、寒空の下に出た彩菜。ルリをポンチョの中に。
[ アリガトウオネエチャン スゴクアッタカイ タブンコレガ ソウイウカンジ ]
***
電車に乗り、およそ三十分。山手線の、とある駅で下車。紡は駅前に立つ案内板の前へ。
「ふーん……ここ初めて降りたけど、随分お寺が多いんだね」
案内板に記された周辺地図に、素直な感想を零した紡。彩菜の中には予感があった。ルリはきっと、自分のお墓に向かっているのだろうと。
電車に乗って以降、ルリは何も語らなくなった。紡も何も聞こえていないようだった。
(緊張してるのかな)
両親の抱っこ。それは子供であれば、簡単に手に入るもののような気もする。しかし全身チューブだらけだったルリには、憧れだったに違いない。
(両親の抱っこ、か。私も未経験だ)
ルリが自分を選んだのは、どこか通じるものがあったからなのかもしれない。
(なーんて、見えちゃう聞こえちゃう人間なんて、そうそういないだけだよね。実は貴重品じゃない? 私って)
[ オネエチャンハ ジブンノコト シラナインダネ ]
突然聞こえたルリの声。同時にドクン。彩菜の心臓が大きく揺れる。
[ ツイタ ココダヨ ホラ ケムリガミエル ]
ルリの意識が示したのは、立ち昇る線香の煙。あの場所が、ルリの眠る場所。線香をたいているのは、ルリの両親に違いない。
彩菜は拍の上がった心臓をなだめながら、震える足を前に進めた。
「彩菜ちゃん、大丈夫?」
左上から紡の声。絡んだ腕から震えが伝わったのだろうか。
「大丈夫……って言うか、どうすればいいんだろって」
「どうすれば?」
「この子のこと、どう説明すれば……見ず知らずの人間が現われて、ルリちゃんが宿った人形です、抱っこしてあげて下さいって……信じます?」
「んー……信じがたいよね。でもさ、僕はできると思うよ」
「できるって、何を?」
「思いを伝える事。彩菜ちゃんならやってくれるって思ったから、ルリちゃんは現れたんだよ、きっと」
メガネの奥。紡の目は嘘を言っていない。彩菜、足を止め深呼吸。
娘さんです
抱っこして下さい
お願いします
言葉にできることなんて限られている。限られているから率直に。伝えたいという思いだけはブレずに。
「……いってきます」
「うん」
スルリと解けた紡の腕。去った熱に微かな未練。思わず随分上にある顔を覗き込む。
「僕は、ここで待ってるから」
「……はい」
心細さを受け取った笑みで埋め、足を前に。
通路に敷き詰められた砂利を、なるべく鳴らさないように歩く。背後に近づく気配に、ルリの両親が驚かないように。
(何て声かけよう……)
[ オネエチャン ワタシト カワッテ ]
(え?)
[ オネエチャンノカラダ カリルネ ]
ルリの声が途切れると同時に、グラリ。眩暈を覚え、彩菜は思わず目を閉じた。ズンっと体の芯を打たれる感覚。重い。そう感じた直後、フワリ。
(……私、浮いてる?)
フワリフワリ。体が軽い。しかし確かに足は、線香の煙に向かって進んでいる。
墓石の前。しゃがみ込む、二つの黒い背中。
「ママ、パパ」
彩菜の口は彩菜の意思とは関係なく動き、音を放った。しかし彩菜が【自分の音】と認識している音色ではない。
墓前にある背中は、音に反応してビクリ。二人ほぼ同時に振り返り、立ち上がる。
「それはルリの人形……どうして?」
先に声を放ったのはママ。ルリの記憶にあった、あの声。
「貴方、なぜその人形を?」
続いたのはパパ。僅かに足を彩菜に向ける。
「ママ、パパ……わたし」
「ルリちゃん? ルリちゃんなの?」
驚いたママの目は、彩菜が抱える人形ではなく彩菜自身に向かっている。
(どういうこと?……って何で私、勝手に喋ってるの?)
「抱っこ、してくれる?」
放った音は、やはり自分の響きではない。しかし目の前の二人には、愛おしい響きに違いないようだった。
近づく二人
半分泣き顔
半分笑顔
二人のぬくもりがぎゅっと、彩菜に、ルリに伝わる。
「ママ、パパ、大好き……ありがとう」
彩菜の頬を伝った、生ぬるい一滴。ルリのものなのか、自分のものなのか、わからない。
ぎゅっと
ますますぎゅっと
ママとパパのぬくもりが彩菜を包む。彩菜自身も、初めての体験。
[ アリガトウ オネエチャン アッタカカッタ バイバイ ]