
ひのき舞台は探偵と一緒に:12.ロングラン#3
(落ち着け落ち着け……私はアイアン鉄子。滝本彩菜ではない)
深呼吸。蛭田は微笑を携えながら、答えを待っている。
「申し訳ございません。自らの生まれや育ちについては、一切どなたにもお話しないと決めております」
占い師の神秘性を保つため、とでも受け取って欲しい。そう願いながら、彩菜は鉄仮面の中にこもる自分の熱気を感じていた。
蛭田はフワリとした笑みを浮かべ、レースのカーテンを閉じて椅子に戻った。彩菜は木製のテーブルの対面で、蛭田を迎え入れる。
(大丈夫……もう大丈夫。話題を変えよう)
鼓動は落ち着いた。呼吸も。こもった熱気だけは追い出しようがない。彩菜は言葉に過剰な熱を乗せないよう注意しながら、ゆっくりと発声。
「夕べは、どのような夢を見られましたか?」
「そうね……断片的にしか覚えていないんだけど……海沿いの道を、列車に乗って走っているの。とても澄んだ青い海で……私の向かいに誰か座っているんだけど、その人の顔は見えないの。だけど女性だと感じている。どこか懐かしいというか、慣れ親しんだというか、そういう相手のような気がするの……不思議よね、顔も見ていないのに」
言葉を切り、蛭田は僅かに視線を下げた。その顔は、どこか淋しげ。彩菜は声のトーンを明るめに調整し、夢診断を開始した。
「ご覧になった海は、美しかったんですね……海、川といった水に関する夢を、蛭田様は度々見られているようですね。以前もお話しましたが、美しい水のある景色は、優しさが高まっていることを意味しています。また、列車に同乗する人物は、運命をともにする者であるとされています。どなたか、心当たりはございませんか?」
「心当たりなんてない、とは言えないわね……だけど、その人の顔ならすぐに思い浮かぶわ。よく知った相手なのに、夢の中では顔が見えないなんて、そんなことあるのかしら?」
「ないとは言い切れません。見えないだけで、深層意識ではその人だと認識している場合もあります。はっきりとした顔形よりも、より印象強く残ったイメージを、私は重要視しております。そのイメージこそが、真の姿なのかもしれませんから」
「……何だか難しいわ」
眉間に軽く皺を寄せた蛭田。力なく微笑み、小さくため息。
これまで彩菜は、何度も蛭田の夢の内容を聞いている。圧倒的に多いのが、夕べの夢のような内容だ。シチュエーションが似ている、というより、同じような場面だけが、蛭田の記憶に残っているといった様子。よほど固執した何かが隠れているのだろうと、彩菜は素人ながらに感じていた。
(そもそもの目的は調査なんだし、答える内容なんて占い師っぽければそれでいいのかもしれないけど……適当に答えるの気が引けるんだよね。この人真面目だし)
愛と真実、心の平和
アメジスト色の瞳を持った癒し系占い師
緑子が創ったアイアン鉄子の設定に従い、彩菜は穏やかで温かみのある人物を演じ続けている。しかし気づいてしまった。演じることに、罪悪感を抱いていると。