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ひのき舞台は探偵と一緒に:8.プロフェッショナル#4

 ひとりでは広過ぎると感じる浴室。遠慮なく湯船に浸かる彩菜。意識しないようにしていても、やはり【誰かの痕跡】を探してしまう。全身洗ってすぐに上がるつもりが、気づけばノボセ気味。

(ホントにヤなヤツだね、私は)

 拡張しきっているであろう毛細血管に気を配りながら、脱衣所で休憩。

(ヤバイ、マジでのぼせた……水……水)

 バスタオルを体に巻きつけ、キッチンへ。冷蔵庫から取り出したミネラルウォーターを一気飲み。

「ああ……倒れるかと思った」

 ひと息ついて失笑。それに重なったのは、インターホンの音。

 桜の帰宅。急いで玄関へ。ドアチェーンを外しロック解除。途端、勢いよくドアが引かれる。反射で後ろに体重を。おかえり、と言うはずだった彩菜の口。中途半端に開いて固定。

「彩菜ちゃん!」

 現れたのは、縦長のスリムなカタチ。ボサボサ頭に作務衣。ちょっとズレた黒縁メガネ。

「彩菜ちゃん……ぁぁあああ彩菜ちゃあん!!」

 草履を履いたまま迫る紡。彩菜、とりあえず後退。ドアに後頭部がぶつかってストップ。何だ、この状況は。


タタタタタタタタタタっっ

 
 軽快な足音。戸口に現れたのは、息を切らした桜。

「足速いなオッサンのくせに……あ! ちょっと土足禁止! 脱いで下さいよ!」
「桜!? え、何コレどーなってんの?」
「ゴメン何か大変なことに、って、ちょっと押さないで!」

 桜の体が玄関に押し込まれる。

 押し込んだ人物の両耳には、大量のピアス。耳たぶと口角を繋いだチェーンが揺れている。

「おいコラおタキ! てめぇは鉄子ほったらかして何やってんだ!」
「こら明! 大きな声出さない! ご近所迷惑でしょ」

 明の後ろから現れたお団子ヘア。顔の前で、桜に両手を合わせている。

「ごめんなさいね、うるさくて……ハぁイ、タッキー。やっほう」

 遠慮がちに、しかしバッチリと顔を覗かせ、緑子は両手を振った。

(は? え? 何……全員集合?)

 シクシク涙しながら草履を脱ぐ紡。桜に睨まれスンマセンと頭を下げる明。その後ろでゴメンね、と再度両手を合わせる緑子。

(まさか、みんなで……迎えに?)

 どうしたらいいんだろう。誰に、何を言えばいいんだろう。わからない。わからないのに涙腺がピリピリする。ダメ。ここで泣いてはダメだ。

「彩菜? 大丈夫?」
「桜、どうしよう……私、どうしよう」
「え? いや……とりあえず服、着るべ」
「……んだね」


【ひのき舞台は探偵と一緒に:9.舞台袖】に続く


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