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2010→2020記憶の棚卸しメモ

ここ最近、転職活動の資料のために学生時代のメールを漁っていたら留学を終えた直後のレポートが出てきたので読み返してみた。

"例えば、スーパーマーケットでは、日本は従業員が一方的にいらっしゃいませ、ありがとうございました、と言うだけの事が多いですが、ドイツでは、店に入ればまずこちらからこんにちはと声を掛け、帰るときは、お互いにさようならと挨拶を交わすのが普通でした。
しかし、こちらが何か質問をしても、「知らない!」の一言で済まされたりといった事も多くあり、いい意味で悪い意味でも、人間らしいやり取りをしていると感じました。
初めは戸惑いましたが、次第に、これも文化の違いであり、どちらか一方が優れているという問題ではないのだと受け取れるようになりました。"
"留学をきっかけに、今までしなければならないと思い込んでいた事や、出来るわけないと思い込んでいた事が、必ずしもそうではないという事にも気づけました。
留学を経験しなければ、私はきっと、「常識」や「周りの目」を気にして、限られた選択肢の中を歩んでいただろうと思います。"

我ながらなかなかに良い事書いていた。←
ドイツ留学をしていたのは2009年から2010年の頃だったから、もう10年も前のことになる。10年とな。信じられない。

調子に乗ってmixiにログインし当時の日記を読み返したりと記憶の掘り返し作業に没頭し、たいへん有意義なStay home週間を過ごしている。
おかげで転職活動の進捗はほとんどなし。

この10年間で変化したいろいろ、変化しなかったいろいろのことを考える。
自分自身をフェミニストだと認識したのはごくごく最近のような気がするけど、10年前の日記にも、ドイツが日本に比べていかに男女平等で、か弱くかわいらしくあれという「女子力」を求められないことがどれだけ楽チンであるかが書いてあった。
アラサー女性が直面する生きづらさについてまだ何も経験してなかったはずだけど、ホモソどっぷりの高校生活を経験し、そこからのドイツの男女平等を目の当たりにして学生時代でもすでに思うところはあったのね。

その一方で、ドイツの書店に日本のBL漫画が並んでいることを、さも日本の恥かのように「ホモ漫画が並んでいる」と、今の自分だったら絶対言わないようなかなりの差別発言もしていた。
10年前の自分は、BL趣味は恥ずべき趣味で公にするものではないと考え、ゲイの人を「ホモ」と呼ぶことが何故ダメなのか全く理解していなかったらしい。無知って傲慢で恐ろしい。
この10年の間に、世の中のLGBTQに対する理解度もかなり変わり、BLに関しても、腐女子であることをオープンにすることが当たり前になりつつあるように思う。

それもこれも、世の中が勝手にそう変化した訳じゃなくて、私が発したような世の中に溢れかえる差別発言に傷ついたひとがたくさんいて、地道に声をあげて、やっとここまで来たってことなんだと思う。傷つけてきた側にはそれが見えなかったとしても。

だから、岡村さんのあの発言も、「誰かを踏みつけにしてることに無自覚であると気づいて」と声を上げるのは大事なことだと思うし、いつか岡村さんも何がダメだったかを本当の意味で理解できるようになって欲しいと思う。
地上波バラエティは未だに、一般人の取材で女の子のときだけ「彼氏いるの?」と聞かれてたりと絶望させられることが多いけど、また10年後に振り返ったら「今だったらありえないな〜」と思えているといいな、と思う。

まとまりが無くなってしまったけど、ドイツで経験できたことが自分の人生の思想にかなり大きく影響していて、それって本当にありがたいな〜ということを、10年前は考えられなかったのにいつの間にか日本でもすっかり定着した"甘くない炭酸水"を飲みながらしみじみ考えた、という話でした。