LTRL2-2「Various Night」
「それだけの理由で、2千万人以上のデータを消失させた……!?」
義妹の言葉に、亜沙は彼女をどう宥めるべきか一瞬迷った。
「ゲームを何だと思ってる……!」
と言って歯を軋ませる明澄の苛立ちは、義姉にはよく判る。だが、此処で苛立っても仕方ない。
「……因果応報。そうなるのを願うしか無いわよ」
とだけ亜沙は言った。
その光景に、澪はふと思い出す。人の命を弄んだ連中への怒りに泣いていた流雫を、姉の死に怒りを露わにした詩応を。
データの消失と人の死。この世から消えることではどっちも同じ。後者に怒り、嘆いていた何時かの2人が、ポニーテールの少女に重なる。
「……明澄さん……」
としか言えなかった澪の声は、しかし彼女の耳に確かに届いていた。ボブカットの少女に向けられる眼差しは険しい。今の彼女は、誰も信じられないように思えた。
そして流雫は、黙ったままだった。何を言っても、全て逆効果だと最初から知っていたからだ。FPSと相容れない少年が、eスポーツに拠り所を求める少女に言える言葉など無い。
ふと、流雫が席を立った。3人から目を逸らしたまま部屋を出る。澪も慌てて続く。
「……流雫……?」
そう名を呼んだ最愛の少女に顔を向けた流雫は、
「……所詮はゲーム。ただ、ゲームが拠り所の人だっている。あの犯人だってそうだった」
と言った。
「拠り所を奪ったのは事故じゃない。全てはメタバースの覇権を握るために引き起こされた事件……そうとしか思えない」
「今まで戦ってきた連中と変わらない。ただ連中が支配したいのが、リアルかバーチャルかと云うだけで」
「……明澄さんにとっては……」
と言った澪に
「悪夢だろうね」
と続いた流雫は、目を閉じる。
……扇沢明澄と云う少女とは相容れない。ただ、彼女に名古屋の少女を重ねていた。その姉の死を看取ったことが、助けられなかったと云う感情を生み、それが詩応の癪に障った。
その彼女とは今はわだかまりも無いが、明澄とだけは……相容れることは無いだろう。それでも。
「何時かは、少しだけでも歩み寄ることにはなるんだろう。ただ、それも怖いんだ」
「怖い?」
「伏見さんの時。少しだけ仲よくなったあの日に……」
と言葉を切った流雫は唇を噛む。
詩応が新幹線で首を切られたのは、澪の策略で彼女と2人で観覧車に乗ることになり、その場で互いに少しだけ打ち解けた数時間後のことだった。流雫は、犯人一味の動きを読めなかったから、詩応が切られたと思っていた。
「……流雫は悪くない。あれは……敵が卑劣過ぎただけ……」
その言葉が慰めにならないことは、澪だって判っていた。だが、刑事の娘はそれ以外に言葉を見つけられない。
思わず、ブレスレットに飾られた手を握る澪。それで少しでも、事件を引き金に沈んだ流雫の意識を引き揚げることができるのなら。
流雫は思わず、その手を強く握る。少しだけ、痛みに澪の顔が歪んだ。でも、少女にとってはそれでよかった。人に頼る、甘えることを知らなかった最初の頃に比べて、遥かに人間らしさを感じるようになったから。
話し合いは打ち切りになった。夏樹と明澄は練習して帰ることにし、亜沙はそれに付き合うことにした。一方、流雫と澪はそのまま帰ることにした。明澄も澪を誘わなかったが、流雫がいたからだろう。
施設を出る直前、亜沙からノーサブの行程表が渡された。改めてドキュメントファイルを送られてくるが、金曜の午後の飛行機で福岡に向かい、日曜日の最終便で帰る。
流雫は都心から先の終電が無く、澪の家に泊まって翌朝帰ると云うパターンだ。出先から直接学校に向かう、所謂エクストリーム登校は流石にしんどい。
招待選手の夏樹や明澄とは別のホテルは、自炊が可能なワンルームマンションタイプの1室。慢性的なホテル不足で、北九州市内はおろか福岡市内でもそれぐらいしか空いていなかった。
ただ、流雫にとっては寧ろ好都合だった。普段ペンションでしか振る舞えない手料理を、最愛の少女のためだけに用意できるのだ。ただ一度ぐらいは、名物を味わってみたいと云うのも有る。
カシューとアスミックとしての練習試合は、10戦。所要時間は1時間。ただ、異変が起きた。今まではアスミックの8勝が、今日は5勝に留まった。カシューが勝ち越すことはできなかったが、イーブンで終えられたのは初めて。
だが、夏樹はそのことを喜べなかった。自分が強くなったと云うより、明澄が珍しく精彩を欠いていたからだ。その原因は、先刻の話だった。
「動揺してる……」
と呟いた少年に、亜沙は
「無理も無いわ……」
と返し、今日は久々に明澄の家に行こうと決めた。男勝り故のスパイラルに陥っている……そう見えたからだ。ゲーム云々以前に、義姉として義妹を支える必要が有る。
「調子狂う……」
と愚痴を零す明澄が、色々と不憫に見えた。
夜、スマートフォンをスピーカーモードにするとスタンドに置く澪。
「澪が全国大会か……そっか……」
通話相手、ハスキーボイスの少女がそう言ったのは、その一報を聞いた日以来二度目。ただ、彼女が福岡に行くことが詩応にとっては嬉しいことだ。
「じつは、アタシもその日……」
と詩応は言った。
伏見家が属する教団は、東京に日本支部の大教会が有り、その下にエリアごとに3つの支部を設けている。それが仙台と名古屋、そして福岡。その地で大規模な集会が開かれる。
姉の死を追った結果教団を守ったと云うことで、一家は図らずも教団内での地位が上がった。それは、こう云う集会にも顔を出す立場になったと云うことだ。
「何なら、会えるよ?」
と言った詩応に、澪は答える。
「あたしも詩応さんに会いたい。流雫もいますよ」
実現すれば、数ヶ月ぶりに再会することになる。詩応の同性の恋人は、その教会の用事で名古屋に残る。大雨の臨海副都心で共闘した4人が集うのは次の機会だが、3人でも十分楽しめる。
「流雫にも会えるのか」
と詩応は少しだけ声を弾ませる。澪や流雫に会えるなら、両親とは別行動にしたい……少女はそう思い、後で話してみようと思った。
その会話を聞いていた流雫も、久々に会う詩応が楽しみだった。澪が会いたがっているし、3人で平和に過ごせることを期待したい。
「姫が2人の騎士を侍らせる……感じかな?」
と言った流雫の目の前で、澪は顔を紅くして静かに沈没する。その声は詩応にも聞こえていたらしく、ボーイッシュの少女は
「流雫は澪のプリンスだから。アタシは2人の騎士」
と被せる。果たして、ボブカットの少女は
「プリ……」
とだけ声に出して固まった。……流雫のプリンセス……想像がそう辿り着いた瞬間、天井を仰ぎながら盛大に沈没する。
流雫と詩応、グルになったワケではないが、この連携プレイまでは予想していなかった。ただそれは、2人が普通に話せている証左でもある。
「澪が沈んだ……」
と他人事のように言う流雫と、
「大胆なのか繊細なのか」
と無意識に追い打ちを掛ける詩応。
「流雫も詩応さんも……福岡で何か奢らせるわよ……?」
と半ば八つ当たり混じりに、2人に宣戦布告した澪は、しかし笑みを禁じ得ない。こうして、何気なく過ごせる平穏な日々を謳歌していることが、何よりも嬉しい。それは流雫も詩応も同じだった。
釈然としない表情の義妹が
「馬鹿げてる」
と義姉に不満をぶつけた。今日ばかりは練習する気にならない。
「ATAそのものが悪いとは思ってないわ。問題なのはその裏よ」
と亜沙は言ったが、明澄は
「父さんが開発してるアルカバースを……貶められるなんてさ」
と言葉を被せる。亜沙は思わず、明澄の肩を抱く。
2人の父、篭川颯人はプログレッシブでAIの開発に古くから携わり、その後ATAにヘッドハンティングされた。そして、今はアルカバースの開発を担当している。
普段は福岡の本社ではなく東京のオフィスでキーボードを叩いているが、今週末はAIにまつわるカンファレンスで大阪にいる。
母に先立たれた娘を不憫に思った真人は、再婚を果たす。彼女が3歳の頃だ。しかし、そうして授かった一人娘には敢えて母方の名字を継がせた。篭川の姓を名乗る少女は、既に亜沙がいるからだった。
その父が開発するAIは、世に出回ってほしいとは思う。だが、それは市場競争で勝って成し遂げられるべきで、誰が黒幕であろうと一連の事件と政治的な圧力での実現は望まない。尤も、それは単なるエンジニアの娘としての理想論でしかないことは、亜沙自身重々判っているが。
「あの2人がいれば、多分心配無いわ」
と亜沙は言った。
日本のメタバース業界全体を揺るがす事件が起きている。そして父のAIにも、疑惑の目が行く。黒を白だと叫ぶ気は無いが、白であってほしいと願う。そのためにも、自分の足で真実を掴む。
義姉に抱かれたままの明澄は、あの謎の高校生2人に続いた亜沙の言葉が、成り行き上のものだとは判っていた。だが、やはり耳にすると癪に障った。
明澄は、流雫と相容れる必要は無く、ただ澪とだけ仲よくできていればいいと思っている。その義妹の思いは、義姉には判っている。
ただ、澪が相容れるかは別の話だ。何しろ、流雫の絶対的な味方なのだ。そして、彼から引き剥がせるとは思えない。
「……あたしは、流雫の味方です」
と言った時の眼差しと声色は、優しくも確かな凜々しさ、そして揺るぎなさを物語っていた。
「……流雫くんとは相容れないからと云っても、澪さんだけは敵に回してはダメよ。彼女が去れば、流雫くんも去る。そうすれば、真相に辿り着けないから」
と亜沙は釘を刺す。……真実を逃がさないためには、それが大前提だった。
少し高めのキーボードを叩き続けること90分。ブルーライトカットの眼鏡を外し、大きな溜め息をついて座ったまま背伸びした夏樹は、
「スコアは上がった……」
と呟きながら、飲みかけの炭酸飲料を一気に飲み干す。タブレットPCの画面には、右肩上がりのグラフと4桁の数字が大きく映し出されている。最近のグラフ推移はほぼフラットだが、それは既に高レベルを有していることを意味していた。
香椎夏樹の、VRゲーム以上の趣味で特技。それはプログラミング競技。提示された複数の問題に対して、一定時間内にコードを書いてプログラミングの正しさを競うものだ。時々コンテストが有るが、BTBのように直接対戦相手と競うものではない。
そのスキルが最高4桁のスコアとして表され、エンジニアとしてのスカウトを得たい人が、コンテストとは別に……今日のような定期の試験イベントのために、日夜学習を続けている。
夏樹は一種の興味本位だけで始めただけだが、何故か性に合っていた。そして今は、競技とは無関係だが新たなプログラミング言語に興味が有る。
AMWC。アドバンスド・メソッド・フォア・ワールド・コーデックの略で、読みはアムワック。ヘラクレスが開発した言語で、クロノスやガイアもこれで開発されたものだ。手を付けている人は未だ多くないが、これから伸びるだろうと業界では言われている。
夏樹が気になっているのは、ガイアをベースとしたAIが問題になっているからだ。アムワックの知識が増せば、事件の本質も見えてくるような気がした。何となく、の程度だが。
「……アムワックだけはマスターしたい……」
と呟く少年は、度なしの眼鏡を掛ける。数分ぶりに、黄色の瞳が映す視界が僅かな黄色に染まった。
詩応との通話を終えた流雫と澪。2人だけの静かな時間が訪れる。今だけは、一連の事件のことを忘れたい。
澪は、亜沙の頼みを引き受けた。彼女自身、迂闊だったと今になって思う。だが、流雫は
「僕も、そうしたと思うから」
と言っていた。澪が亜沙と2人きりで話した日の夜のことだ。
強い正義感の持ち主を、恋人だからとフォローする……そのための取り繕いなどではない。ただ、あの発砲事件の裏に看過できない何かが有るのなら、そしてそれが、平和に暮らせることを阻害するのなら、無関係ではいられない。
……先走っているのは僕の方じゃないか、流雫はそう思っていた。だが、そうだとしても澪は最愛の少年を見捨てない。
絶望の底に沈みながらも、必ず光を見つけて手繰り寄せる強さに、彼女自身今まで何度も助けられてきた。だから、澪は何時だって流雫の力になりたいと思っている。そして、それが流雫を突き動かす原動力だった。
他愛ない話で盛り上がり、やがて福岡のプチ観光に話題を移す2人。
微笑を禁じ得ない少年の表情は、彼の学校では誰も目にしたことが無い。恋人としての特権ではあるのだが、自慢できないと思っている。河月には、彼の同世代の味方がいないことを意味するからだ。
美桜を見殺しにしたと言われ続け、確執を拗らせた流雫は、卒業式と云う幕引きイベントまで、このまま遣り過ごす気でいる。逆に云えば、それまでの間孤独な学校生活を過ごすことになる。
……流雫はその孤独を、常に無意識に澪で埋めようとしている。同性では唯一仲がよいアルスは、1万キロ離れた地に住んでいる。そして先日話していたが、メタバースで会ったとしても、流雫が満たされないことは、澪は判っている。
……美桜がそう望んでいるかはどうでもいい、ただ自分がそうしたいから、澪は流雫を受け止めようとする。
2人の手が重なり、澪は最愛の少年に身体を預け、目を閉じる。そして、乾いた唇が重なった。
「ん……」
「っん……、ん……ぅ」
唇から伝わる熱に、絡めた指に力が入る。
……この先の冒険は、未だ早い。だから今は、長いキスだけ。ただ、それでもいい。誰よりも愛しい存在が生きている証を、抱きしめていられるなら。
「はぁ……っ……」
少しだけ熱くなった吐息を零す澪を、流雫は強く抱く。
「……っ……」
澪の顔が少しだけ歪む、しかしその痛みさえも焼き付けたい。病んでると言われてもいい、自分が彼にとっての生きる理由なら、その想いを受け止めるだけだから。
夜明け前、一つのベッドに2人で寝ていた流雫は、1人室堂家を出た。人通りが少ない歩道を歩きながら、スマートフォンを耳に当てる。通話のために家を出たのは、話し声で澪を起こすのは忍びなかったからだ。
だが、この時間でなければ話ができない。8時間の時差は、こう云う時に不便だ。
「Il y a quelqu'un qui s'inquiète.(気になる人物がいる)」
と、寝るには未だ早い時間のレンヌに住む少年の声が、流雫に聞こえる。
「De qui s'agit-il ?(誰?)」
「Hayato Kagogawa. Il travaille pour un fournisseur de technologies de l'information que l'on pourrait décrire comme la version japonaise d'Hercules High Tech Inc, qui s'occupe du développement de l'intelligence artificielle.(ハヤト・カゴガワ。日本版ヘラクレスと言えるITベンダーにいる。AI開発のやり手だ)」
フランス語で告げられる名前に、流雫は聞き覚えが有った。
「Kagogawa ?(カゴガワ……?)」
「Qu'en savez-vous ?(何か知ってるのか)」
と問うたアルスに、流雫は答える。
「Asuna Kagogawa. Elle est une ancienne joueuse de sport électronique et son nom enregistré est D-Doll. Elle est aujourd'hui journaliste d'actualité en ligne à Tokyo Media Network, où elle couvre le Metaverse. (アスナ・カゴガワ。元eスポーツプレイヤーで、登録名はディードール。今はTMNのネットニュース記者で、メタバースを担当してる)」
「Fille ?(……娘か?)」
と問うたアルスの眉間に皺が寄る。
「Pas si loin. Peut-être que nous partageons le même nom de famille. Mais je sais que Mio et moi nous connaissons.(そこまでは。ただ名字が同じだけかも。ただ、僕もミオも面識は有るんだ)」
「L'avez-vous rencontrée ?(会ったのか?)」
「C'est par hasard que nous sommes tombés sur une fusillade lors d'un événement. Elle nous a demandé de l'aider à lutter contre une série d'incidents.(イベントで発砲事件に遭遇した時に偶然。一連の事件に対して、力を貸してほしいと頼まれた)」
「L'avez-vous accepté ?(引き受けたのか)」
「Je devais le faire.(そうせざるを得なかった)」
その声に、フランス人は軽く溜め息をついて言った。
「Je suppose que mes prières n'ont pas été exaucées.(俺の祈りも通じなかったか)」
「Vous n'avez pas prié en premier lieu.(そもそも祈ってないだろ)」
「Envoyez-moi des billets pour Stardust et je prierai.(スターダストのチケットを送れば祈る)」
「Vous êtes un collecteur de dons pour une secte vicieuse ! La déesse va pleurer !(悪徳カルトの寄付集めかよ!女神が泣くぞ……!)」
と呆れ口調で言った流雫の耳に、アルスの笑い声が響く。最早定番となった茶番で互いに笑えるのは幸せだと、流雫は思った。
「Mais je peux aller à Fukuoka avec Mio grâce à ses contacts. Pour la simple raison qu'il s'agit d'un entretien proche de Mio.(でも、あの人のツテでミオとフクオカに行ける。ミオに密着取材と云う名目でね)」
「La convention sur les jeux dont vous avez parlé l'autre jour ?(この前言ってた大会か)」
「Oui, je m'inquiète pour Mio seule. Ce n'est pas étonnant ce qui s'est passé.(うん、ミオ1人だけじゃ不安だからね。何が起きても不思議じゃない)」
と言った流雫に、アルスは声を被せる。
「C'est une hypothèse, n'est-ce pas ? Mais dans le Japon d'aujourd'hui, le terrorisme et les émeutes peuvent survenir n'importe où et n'importe quand.(起きる前提かよ。だが、今の日本じゃテロも暴動も、何時何処で起きても不思議じゃないからな)」
「Luna, je crains que tout le monde ne soit pas de ton côté, à l'exception de Mio. Méfie-toi de tout le monde. Surtout la famille Kagogawa.(……ルナ、恐らくお前にとって、ミオ以外味方じゃない。全員の動向には気を付けろ。特にカゴガワ家は)」
人を疑えばキリが無い、だが冷静に思い返せば、あの3人のことを外面さえ知り尽くしていない。……一家とは無関係そうな夏樹まで疑うのは忍びないが、仕方ない。
「Oui.(うん)」
と答えた流雫は、最後に問いをぶつける。
「Je n'ai qu'une chose en tête.(……アルス、一つ気になる)」
「Qu'est-ce que c'est ?(何だ?)」
「La version japonaise d'Hercule est-elle l'ATA ?(その日本版ヘラクレス……まさかATAのこと?)」
その名前に、フランス人はやや前のめり気味に問う。
「Le savez-vous ?(知ってるのか?)」
「Un peu. Nous en reparlerons demain.(少しは。それはまた明日にでも)」
と流雫は言い、アルスの返事を待って通話を切った。室堂家の前に戻ってきたからだ。
……義理の姉妹の父親が、ATAにいる。そして恐らくは、アルカバースを開発している。だから明澄はATAを知っていた。
その義姉は、記者としてあくまで中立を保っている。しかし、自分や澪がいるから父まで疑わざるを得ないとすれば、それに対して快く思っていないだろう。そして義妹も同じ思いを抱えている。
……父親を、家族を信じないワケにはいかない。それは流雫にも判っている。だから、あの2人にとって自分は味方ではない。自分を上手く使いたいだけだと思っている。
自分はそれでも構わない。ただ、澪が同じ扱いを受けることは好まない。そしてもう1人が、どう思っているのか知りたい。
……亜沙以外で明澄に最も近い存在、夏樹。ゲームを勧めてくるのは正直言って鬱陶しく思うが、彼の知識は無視できない。相容れれば面白く、頼もしい味方になるか。
夜にでもメッセージを打ってみよう、と流雫は思いながら、室堂家のドアを開けた。
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?