Ⅳ.HAPPY TOGETHER-3
絶句するドードーにレイヴンは冷たく微笑した。
「どうしてこんな簡単なことがわからないのかな。──いいかい、ドードー。メドラは*どこにもいない*んだ。どんなに探し回ろうと、二度と会えはしない。それだけのことだよ」
言葉に詰まったドードーは何とか反論しようとしたが、遮るようにレイヴンはぞっとするほど妖艶な笑みを浮かべた。
「いい加減にしないと、本当に犯すぞ?」
「……!? で……できもしないことを……っ」
「さて……、やり方はいろいろあるんじゃないかな」
くくっとレイヴンは冷酷に含み笑った。ドードーは口をぱくぱくさせて壊れた信号機みたいに赤くなったり青くなったりしたかと思うと、いきなりはじかれたように書斎から飛び出していった。
遠くでバタンと扉が閉じる音を聞きながら、レイヴンはふたたびクッションにもたれた。
「……そうさ。私はメドラじゃない。だから……、どんなにあがいたところで彼女の人生を償うことなどできはしないんだ……」
暗鬱に吐き捨て、彼はぐったりと目を閉じた。
突然、ものすごい勢いで奥のドアが開いた。ちょうどコーヒーを淹れようとしていたグリフォンが計量スプーンを手に振り向くと、真っ青な顔のドードーが飛び出してくる。
「ドクター? どうかしたんですか」
訝しげに尋ねられたドードーは、グリフォンに駆け寄るなりぐいと手を掴んだ。その勢いで、せっかく掬ったコーヒー豆がばらばらと飛び散ってしまう。
「もう駄目だっ!」
「──は?」
ぽかんとするグリフォンに取りすがり、ドードーはぶんぶんとちぎれそうなほど頭を振った。
「奴はもう俺の手には負えん! 完全にイカレてる! 後はおまえに任せるっ。心配するな、骨は拾ってやる!!」
「はぁ……。あっ、ドクター、コーヒー飲んで……いきません、か……」
言い終わる頃にはドードーはもう通りに飛び出していた。アイスココアのストローを銜えた格好で固まっていたアリスは、眉根を寄せて深く嘆息した。
「──レイヴンがイカレてるなんてわかりきったことじゃない。ドードーって、時々おかしくなるよねぇ。もともと変だけどさ」
「オッサンだからなー。何かと辛いことがあるんだろ」
チェシャ猫がわかったようなことを言う。グリフォンは気を取り直して散らばったコーヒー豆を集め始めた。
カウンターにはエイダもいたのだが、パニクっていたドードーの視界には入らなかったらしい。エイダは飛び出してきたドードーを見たとたん、なぜか急に目を輝かせてじっと彼を見つめていた。騒ぎのなかでそれに気づいた者は誰ひとりいなかった。
顔を引き攣らせて走っていたドードーは、向かいから歩いてきた人物に肩をぶつけてしまった。その感触で、やっと我に返る。
「──っと、失礼……。あ、神父さん、すみません」
ドードーがぶつかったのは、痩せぎすの小柄な司祭だった。亜麻色の髪に灰緑色の人懐っこい瞳をしている。
「この歩道は走るにはちょっと狭いようですね」
「あ……ええ、すみません……。ちょっと急いでたもので……」
のんびりした口調だったが、ドードーは気まずくなって会釈すると、ぎくしゃくと歩きだした。
「くそっ……、レイヴンの奴め……。殺すと脅されたほうがまだマシだぜ……」
はぁ~、と力なく吐息を洩らし、力なく首を振ってドードーはとぼとぼと歩いていった。
彼の背後では、神父が足を止めたまましげしげと見送っていた。ドードーの姿が雑踏に紛れると、神父は薄い笑みを浮かべて呟いた。
「……本当に意外なんですが……、相変わらず信心深いようですね、デーヴィッド」
若い神父は向きを変えるとふたたび歩きだし、一軒の店の前で足を止めた。
テラス席に注文の品を持ってグリフォンが出てくる。視線が合って微笑むと、彼もまたにっこりと笑みを返した。実に気持ちのよい笑顔だ。
「こんにちは、神父さん」
「こんにちは。僕にもコーヒーをいただけますか」
「もちろんです」
端の席につくと、神父はメニュー表をざっと見て、ブレンドコーヒーを注文した。
店内に戻ってゆくグリフォンを眺めて彼はひとりごちた。
「ふむ……。本当によく似てるな。あれじゃデーヴィッドがせつなくなるのも無理はない。レイヴンは意地悪ですねぇ」
神父は悪だくみをするかのような表情で、くすくすと笑った。
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