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紅玉 2019.11.10



 先月の終わりから今月の21日まで水星が逆行しているとのこと。そしてその星が逆行しているときは、水星がつかさどる言葉や伝達の領域に見直しのようなことが起こるといわれていたりしますが、その「見直し」は過去にまでさかのぼり、いつかの記憶がよみがえってきたり、懐かしいひとと再会したり、そのようなこともあるとのことです。

 あまりそういうことにこだわりのないほうですが、かつて綴った文章をなぜだか無性に読み返したくなりそうしているうちに、その言葉のなかに存在する過去の自分からはっとするような驚きやインスピレーションをもらったと思ったら、いまは水星が逆行中だった、ということを幾度も経験しています。星はわたしたちの潜在的な意識に働きかけてくれている、とそういうことなのでしょうか。

 下記の文章も、その水星逆行中に綴ったもののようです。日付は2019年11月10日となっていました。


 かつて自分自身への日記のように記して公開していた言葉のつらなりは、わたしが成長するにつれ、未熟であった過去のそれをおおやけにしておくことに恥ずかしさを覚えるようになり、“かつて”のわたしが宿った言葉をあつめた場所は、いまは自分だけが読めるようにクローズドにしているのですが、星のささやきに誘われるようにひさしぶりにそれを覗いてみたら、未熟さのなかにもいまのわたしの心にもなにか感じるものが書かれているものもあり、下記の文章もいまのわたしのためにここに置いておきたいと感じたので、再掲ではありますがこの場所に。

 以前に綴ったものをそのまま移動しただけですが、過去からよみがえってきたこの懐かしい『紅玉』をわたし自身のために。


 現在は水星が逆行中で、この期間は「過去の振り返り」などが起こる、なんていわれていたりして、それは未来に進むためにいったん振り返ってなにかを「停止」する時間として訪れるのかもしれず、今回の水星逆行は今月の最初の日から21日まであるようなのですが、わたしはあまりそれを意識していなかったのに星の流れなのでしょうか。いろいろ過去のことを想いだすことも、近ごろは多いです。

 「想いだす」という言葉を当てはめるくらいなのだから、それまでその出来事は忘却の本棚に置かれていた。けれどもいつでも取り出せるようにその記憶は書物みたいに当時の出来事を象徴する題名の背表紙をならべて、わたしのなかに存在している。それを「想いだした」とき、このようなこともあったのか、と自分でも驚くようなさまざまが浮かんできて、それが不思議でもあります。

 今回お話するのは、そのならべられた背表紙のなかで「りんごまつり」という題名が記された記憶の一冊です。

 去年の秋、草舟あんとす号さんで開催された「りんごまつり」というイベントに参加させていただいたのですが、そこでコラージュアーティストの青井さんの作品を絵葉書サイズのカードにして、その裏側にわたしがちいさな物語を綴って販売をするという機会がありました。“林檎”にまつわるモチーフを童話や神話や物語や詩からあつめ、ふたりでイメージをふくらませ、そこから青井さんがコラージュ作品を制作され、そしてそのコラージュからわたしが連想した言葉を寄せる、というかたちで生まれたちいさなお話はぜんぶで6つあったと思います。

 そのなかのひとつに白雪姫をイメージした話があり、わたしはその林檎の祭典にわたしが連想するスノウホワイトを文章として捧げました。


 昨日、不意にそのことを「想いだし」、そういえばこの話にはつづきがあったのだった、ということもまた、想いだしました。販売したカードには綴らなかった「つづき」としてのお話です。当時、草舟あんとす号のご店主のえりさんや青井さんや、限られたひとたちにだけ見ていただいて勝手に楽しんでいたものでした。

 あれからちょうど1年が経ついま、突然その記憶が蘇り、なにかの完結でも刻むみたいに、かつておおやけに捧げた言葉と限られたひと以外にはずっと秘めていた言葉を、ならべてみたくなりました。

 これはそれを綴っただけのごく、個人的な記録です。


 題名は『紅玉』――日づけを確認すると2018年11月17日に記されたもののようです。「瞼の裏側に」からが、カードの裏側には記さなかった言葉です。やはり短い物語ではありますが、1年ぶりの再会を祝って。そしてこのような貴重な機会をあたえてくださった草舟あんとす号のえりさんと、美しい作品を紡いでくださった青井さんに、あらためて感謝をこめて。



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 ルビーは愛を閉じこめた宝石だと、わたしは思う。血が燃えたつ情熱の一瞬が、永遠の眠りのように結晶化された、冷ややかに透きとおる鉱物であると。あの女が差しだした林檎を見たとき、わたしはそんなことを考えていた。そして魔にみちびかれるみたいに、わたしはあの赤く美しいものを受けとり、気がつけばひとくち齧っていた。ルビーがわたしにとって特別なのは、それが生まれるまえから自分に望まれていた希望と烙印だったから。雪のようにしろく、黒檀のようにくろく、血のようにあかい子。その役割をご破算にするために、わたしは林檎に血を吸いあげられて、いま、永い微睡みのなかにいるのかしら。待っているの。蕾のごとく閉じたこの色褪せたくちびるが、紅い花となってふたたび目覚める日のおとずれを。わたしの心をルビーの色に染めて、血がかよっていることを、思いださせてくれるひとを。


 瞼の裏側にいまも、色褪せることのない赤。あの女のくちびるの色。奇妙にやさしい声でわたしに話しかけるのに、けっしてわたしの名を呼ぶことのない女。わたしを愛しているふりをして、王を愛しているふりをして、そして自分を愛しているふりをして、偽りばかり虚しく言葉にしているうちに、おのれの本心に目隠しした憐れなひとのあのくちびるの色を、いつか薔薇のようだと誰かがいったわ。血のように赤いブラッドローズ。それはわたしという存在に刻まれていた、印だったはずなのに。


 血のようにあかい子。


 だからわたしはしろく、ひたすらに穢れないことを願われて、雪のごとき少女として育った。あの女のくちびるはきっと、わたしの血を吸いあげていたんだわ。わたしはわたしを護るために、だからもう、眠りに就くしかなかった。


 わたしのなかの「血」が復活する日を、待っているの。


 それはたぶん、くちづけからやってくる。わたしに愛を教えてくれる、わたしがルビーを捧げる、そのひとの。



 (2019.11.10)





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Yume Tsukino
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